真冬の階段の登り降りで訪れた “静かな没入”:運動中なのに、心拍が下がるほど意識が澄んでいった記録

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真冬の朝、階段を登り続けているのに「静かになっていく」感覚

ここ最近、いつもの階段の登り降りをしていて、少し言葉にしづらい感覚が続いています。

疲れているわけでも、調子が悪いわけでもありません。
ただ、ある地点を過ぎると、意識の質が変わっていくように感じるのです。

真冬の朝、60分ほど階段を登り降りしていると、中盤あたりで心拍数が90〜100 bpmまで下がることがあります。
不思議なのは、そこで運動をやめたくなるどころか、身体はそのまま動き続けているという点です。

呼吸は荒れていません。脚も止まりません。
それなのに、頭の中だけが静かになっていきます。

何かに強く集中しているというよりも、
「集中しよう」としていた感覚そのものが、すっと消えていくような状態に近いです。

雑念が減るというより、評価や意味づけがいなくなる、そんな感覚があります。

これまで階段の登り降りでは、
心拍が140 bpm前後まで上がり、身体が温まり、いわゆる「乗っている状態」になることは何度もありました。

しかし、いま起きているのは、それとは明らかに違います。

心拍は低いままです。
動きは止まりません。
それでも意識は、これまでよりも澄んでいます。

これは良い状態なのか、そうでないのか。
効果があるのか、意味があるのか。

そうした判断をする前に、まずは身体で何が起きているのかを、そのまま書き留めてみようと思いました。

この記事は、何かを再現するための方法論ではありません。
真冬の階段の登り降りの中で、静かに起きていたことを、そのまま記録したものです。

真冬と真夏で、身体の反応はここまで違う

真夏の階段の登り降りは「身体を管理する時間」になりやすい

真夏に階段の登り降りをしていると、意識の向きどころは比較的はっきりしています。

暑さ、汗の量、呼吸の荒さ、心拍数の上がり具合。
身体の状態を常に確認しながら、
「今どれくらいきついか」「ペースを落とすべきか」といった判断が頭の中を行き来します。

心拍数は自然と上がり、140 bpm前後、時にはそれ以上になることもあります。
それ自体は悪いことではありませんし、運動している実感もはっきりあります。

ただ、意識はどうしても身体をうまく扱うための “管理モード” に戻りやすくなります。

集中していないわけではありません。
けれど、どこか常に「気を配っている」「調整している」感覚が残ります。

真冬の階段の登り降りでは、呼吸と心拍が乱れにくい

一方で、真冬の朝に同じ階段を登り降りしていると、身体の反応はまったく違って感じられます。

気温が低いためか、発汗はかなり控えめです。
呼吸は浅くなりすぎず、乱れにくい状態が続きます。

心拍数も急激には上がりません。
一定のリズムを保ったまま、緩やかに上下し、そのまま落ち着いていきます。

身体に余計な負荷がかかっていない、というよりも、
余計な刺激が少ないと表現したほうが近いかもしれません。

その結果、意識「身体の様子を監視する」方向に引き戻されにくくなります。

登る、降りる、呼吸する
その繰り返しが、特別な操作をしなくても続いていきます。

同じ階段・同じ時間でも、まったく別の運動になる

使っている階段は同じです。
運動時間も、登り降りの回数も、大きくは変えていません。

それでも、季節が違うだけで、体験の質はまるで別物になります。

一般的には、運動強度は心拍数で語られることが多いです。
確かに、ひとつの目安にはなります。

ただ、実際に身体を動かしていると、
心拍数の高さだけでは説明しきれない感覚があることも実感します。

真冬の階段の登り降りでは、
心拍数はそれほど高くないにもかかわらず、運動が途切れず、意識も澄んでいく

この感覚が、後に書く「静かな没入」につながっていきます。

ここで言いたいのは、
真冬の運動が優れている、という評価ではありません。
ただ、同じ行為でも、条件が変わると身体の応答がここまで変わるという事実です。

呼吸と心拍が “噛み合った瞬間” に起きること

心拍を下げるためのステップ

登りでは鼻呼吸、下りではロングブレスになっていった

真冬の階段の登り降りを続けていると、
呼吸のしかたが自然と定まってくる瞬間があります。

意識的に整えようとしたわけではありませんが、
登りでは鼻呼吸が続き、
下りではゆっくりと長い呼吸になることが多くなりました。

登っている最中は、息を詰めることもなく、吸いすぎることもありません。
鼻から静かに空気が入り、そのまま身体が動いていきます。

下りに転じると、吐くほうが少し長くなり、呼吸全体が落ち着いていきます。

この切り替えが、努力して作ったものではなく、
動きに合わせて勝手に起きているという感覚だったのが印象的でした。

整えたのではなく、「整ってしまった」感覚

呼吸を意識すると、どうしても「うまくやろう」としてしまうことがあります。

しかし、このときは違いました。
整えようと考える前に、すでに整っていた、というほうが近いです。

呼吸が乱れていないため、心拍も必要以上に上がりません。
かといって、楽をしている感じでもありません。

身体は一定のリズムで仕事を続けていて、
その様子をただ眺めているような感覚になります。

呼吸と心拍が、それぞれ別々に主張してこない

どちらかが先行することもなく、
ちょうど釣り合った状態で進んでいるように感じられました。

心拍が下がることは、失速ではなかった

この頃になると、心拍数は90〜100 bpm前後まで落ち着いています。

数字だけを見ると、「運動強度が下がっている」と捉えられるかもしれません。
けれど、身体の内側では、失速している感覚はまったくありませんでした。

脚は止まらず、動きも鈍っていません。
むしろ、無駄な力が抜け、同じ動作を繰り返しやすくなっていました。

心拍が高い=よく動いている、
心拍が低い=サボっている、
そうした単純な図式では説明できない状態です。

このとき感じていたのは、
「頑張って動いている」ではなく、
動きがそのまま続いている」という感覚でした。

この呼吸と心拍の噛み合いが、
次の章で触れる「心拍140の没入」とは異なる、
もう一段静かな状態につながっていきます。

心拍140の没入と、心拍100の「さらに澄んだ状態」

心拍数と意識の関連性

心拍140前後で訪れる、いわゆる「乗っている」状態

これまでの階段の登り降りでも、
心拍数が140 bpm前後まで上がったときに訪れる没入感は、何度も経験してきました。

身体が温まり、動きに勢いが出て、時間の感覚が少し薄れていく
いわゆる「乗っている状態」「フローに近い感覚と呼ばれるものです。

この状態では、意識は動きにしっかり結びついています。
きつさはありますが、不快ではありません

むしろ、身体を動かしている実感が強く、達成感も得やすい状態です。

頭の中は忙しくはありませんが、完全に静かでもありません。

「今は調子がいい」「このペースを保ちたい」といった、
前向きな評価や判断が、うっすらと残っている感覚があります。

心拍90〜100で現れた、もう一段静かな状態

ところが、真冬の朝活心拍が90〜100bpm前後まで落ち着いたとき、
これまでとは明らかに質の違う状態が現れました。

まず、頭の中の言葉が減っていきます。
次に、良い・悪い、できている・できていない、といった評価が消えていきます。
最後に残るのは、動いているという事実だけです。

集中している、という表現も少し違います。
集中しようとする主体そのものが、前に出てきません
それでも、注意力が散ることはなく、動きは続いています。

身体は階段を登り降りしているのに、
意識はどこか透き通った場所に立っているような感覚になります。

ぼーっとしているのに、頭は澄んでいる

この状態を説明しようとすると、どうしても矛盾した言葉になります。

ぼーっとしている。
けれど、頭ははっきりしている。

何かを考えているわけではありません。
かといって、眠いわけでも、意識が遠のいているわけでもありません。
雑音が消えたあとに残る、静かな明るさのような感覚です。

このとき、努力感はほとんどありません。
「頑張っている自分」も、「うまくやっている自分」も前に出てきません。

ただ、動きと呼吸が淡々と続いています

心拍140の没入が、
熱を持った前向きな集中だとすれば、
心拍100前後のこの状態は、温度のない透明な集中に近いと感じました。

どちらが優れている、という話ではありません。

ただ、同じ階段の登り降りの中で、
心拍数の違いだけで、これほど意識の質が変わるという事実があった、ということです。

これはトランス状態なのか?

状態の特徴

危険な意味でのトランスとは、明らかに違っていた

心拍が下がり、意識が静かに澄んでいくこの状態について、
トランス状態なのではないか」と感じる人もいるかもしれません。
私自身も、一瞬その言葉が頭をよぎりました。

ただ、実際の体感は、一般にイメージされる危険なトランスとは明らかに違っていました。

意識が飛ぶことはありません。
視界が狭くなったり、判断力が落ちたりすることもありません。

周囲の状況は把握できていますし、
足元や呼吸の変化にも自然に対応できます。

むしろ、判断が必要な場面では、すぐに現実に戻れる余裕が残っていました。

消えていたのは「努力感」と「評価」だった

この状態で起きていた変化を振り返ると、
消えていたのは意識そのものではなく、
「頑張っている」「うまくやっている」といった感覚だったように思います。

身体は動き続けています。
階段を登り、降り、呼吸を続けています。

それにもかかわらず、努力している感じだけが前面に出てきません

評価や比較が消えることで、
意識はどこか身体の少し後ろに下がった位置に移動したように感じられました。

だからこそ、静かで、しかし曖昧ではない状態が保たれていたのだと思います。

名前を付けすぎないほうが、体験は逃げない

この感覚に、何か特別な名前を与えることもできるかもしれません。

動的瞑想
フロー
軽いトランス

ただ、どの言葉も、体験そのものを完全には表しきれないように感じます。

そして何より、
名前を付けて理解しようとした瞬間に、
この状態が遠ざかってしまうことも実感しました。

再現しようとすると消える
意味づけを急ぐと薄れていく

そうした性質を持った体験である以上、
ここではあえて「これは何か」と断定しないことにしました。

真冬の階段の登り降りの中で、
確かに安全に、自然に起きていた状態

それ以上でも、それ以下でもありません。

この状態が「冬に出やすい」と感じた理由

低温環境では、心拍が上がりにくい

まず大きいと感じたのは、気温の低さです。

真冬の朝は、身体が過剰に温まることがありません。
そのため、心拍数も必要以上に上がらず、比較的安定したまま推移します。

真夏であれば、同じ動きをしていても、
体温調節のために心拍が引き上げられていく感覚があります。

一方、冬はそうした調整が最小限で済み、
身体が “落ち着いたまま動ける余地” が残っているように感じました。

発汗が少なく、呼吸が成立しやすい

発汗量の違いも大きな要素です。

真冬の階段の登り降りでは、汗が噴き出すことはほとんどありません。
衣服の中が蒸れることも少なく、皮膚感覚が安定しています。

その結果、呼吸に意識を奪われにくくなります。

息が苦しい、暑い、早く終わりたい。
そうした刺激が減ることで、呼吸は自然なリズムを保ちやすくなります。

登りでは鼻呼吸が途切れにくく、
下りではゆっくり吐く呼吸が続く。

この環境が、心拍と呼吸の噛み合いを支えていたように思います。

寒さが、余計な刺激を削ぎ落とす

もうひとつ感じたのは、
寒さそのものが、意識に入ってくる情報を減らしているという点です。

真夏は、暑さ・汗・不快感など、
注意を引く刺激が常に周囲にあります。

それに比べて真冬は、景色も音も、どこか静かです。

寒さはありますが、単調で、予測可能です。
その分、意識が外に引きずられにくくなり、
結果として内側が静かに保たれやすいのかもしれません。

ここで述べているのは、科学的な断定ではありません。
あくまで、繰り返し体験する中での実感です。

ただ、真冬という条件がそろったときに、
あの「静かな没入」が現れやすかったのは確かです。

まとめ:狙わず、評価せず、ただ続ける

この「静かな没入」は、
意図的に再現しようとすると、ほとんどの場合、姿を消します

呼吸を整えようとしても、
心拍をコントロールしようとしても、
同じ状態にはなかなか戻りません

けれど、階段の登り降りを淡々と続けていると、
ある日、また何事もなかったように現れます。

それは成果として獲得するものというより、
続けていた身体に、ふと手渡される感覚に近いものです。

真冬の朝活は、
痩せるため、鍛えるため、整えるため、
そうした目的を超えたところで、
身体が静かに何かを返してくれる時間なのかもしれません。

今日も階段を登り、降りることができた

心拍がどうだったか、
集中できたかどうかに関わらず、
それだけで十分だと感じられる日もあります。

この体験は、
誰かに勧めるためのものでも、
再現性を証明するためのものでもありません。

ただ、真冬の階段の登り降りの中で、
確かに起きていたことの記録です。

そして明日もまた、
特別な期待を持たずに、
同じ階段を登り降りするつもりです。

おことわり

本記事は、筆者が日常的に行っている階段の登り降りの中で、身体に起きていた変化を、そのまま記録した体験記事です。

特定の状態を再現する方法や、効果を保証するものではありません。

また、医学的・科学的な結論を示す意図もありません。

感じ方や身体の反応には個人差がありますので、ご自身の体調や安全を最優先にしながらお読みください。

本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。

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この記事を書いた人

“じみ” に “もくもく” と “すきなこと” を “継続する” ことが最近の楽しみです。

『人生を自由に楽しく』が目標です。

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