食欲を抑える作用のある薬で体重を減らす——
そんな選択肢が、この数年で
ずいぶん身近なものになってきました。
テレビでもSNSでも、
「痩せる薬」の話題を見ない週は
ないくらいです。
そのニュースを眺めながら、
ふと立ち止まりました。
同じように感じた人も
いるのではないでしょうか。
コツコツ続けてきた運動や食事の工夫が、
無駄になってしまうような、
あの落ち着かない感覚です。
薬で痩せられる時代に、
11年かけて身体を作ってきたことに、
意味はあるのだろうか。
この記事は、その問いへの
私なりの答えです。
「近道」が本物になった時代

「薬で痩せるなんて邪道だ」
「楽をして痩せても意味がない」—
そんな声を目にすることがあります。
私は、そうは思いません。
医師の管理のもとで行われる治療は、
医学的に正当な選択肢の一つです。
体重が健康の重荷になっている人にとって、
選択肢が増えたこと自体は
良いニュースだと受け止めています。
だからこの記事は、
薬を否定するためのものではありません。
近道が本物になった時代に、
遠回りを11年続けてきた側の景色を、
一度だけ書き残しておきたいのです。
11年と13 kgの側から見える景色

私は薬を使わずに、
朝晩2食の食事リズムと階段の登り降りで、
体重を13 kg減らしました。
かかった時間は、数ヶ月ではありません。
階段の習慣そのものは11年。
体重が大きく動いたのは、
食事のリズムを整えてからの約2年です。
正直に言えば、遠回りでした。
階段を続けながらも、
体重がほとんど動かない時期が
6年ほどあります。
動き出したのは、
食事のリズムを見直してからです。
階段の登り降りを計測し始めてから、
まもなく4年になります。
数字にすると大げさに見えますが、
中身は1回50〜60分ほどの、
地味な往復の積み重ねです。
そのときの記録は、
13 kg減の成功記録や
効果が現れるまでの期間の話に
詳しく書いています。


振り返って気づくのは、
減った体重そのものより、
という事実です。
薬で落ちるもの、習慣で積み上がるもの

薬で落ちるのは、体重です。
体重を減らすことが目的なら、
それで何も問題はありません。
ただ、ひとつ知っておきたいことがあります。
ということです。
マンジャロと同じ成分(チルゼパチド)を使った、
肥満症の大規模な臨床試験があります。
その一部の参加者で、骨密度検査でも使われるDXA(X線で脂肪とそれ以外を分けて測る検査)を使い、
72週間で体組成がどう変わったかが調べられました。
見落とされがちなのは、この割合が
偽薬(プラセボ)のグループでもほぼ同じだったことです。
両方のグループとも、食事と運動の指導は受けていました。
つまり、薬だから筋肉が落ちるのではなく、
これは薬の欠点というより、減量そのものの性質です。
なお、”脂肪以外” には筋肉のほか、
水分や臓器なども含まれます。
薬による変化が筋力や動きやすさにどこまで響くのかは、
まだ研究が続いている段階です。
減量と筋肉の関係を整理した総説では、
持久系の運動も筋トレ系の運動も、減量中の筋肉を保つ助けになるとまとめられています。
振り返ると、私の13 kg減のあいだも、
脚は毎朝、階段で自分の体重を持ち上げ続けていました。
筋肉を守るために選んだわけではありません。
減量と脚への刺激が、同じ朝に重なっていただけです。
それでも、13 kgがすべて脂肪だったとは思っていません。
私に言えるのは、そのくらいのことです。
そのうえで、習慣で身体を作る場合には、
体重の他に “副産物” がついてきます。
- 毎回の階段で保たれてきた脚力
- 1段ごとの着地で骨に届く刺激
- 朝の運動を起点にした生活のリズム
- 「自分は続けられる」という自己信頼
どれも派手さはありませんが、
薬では手に入らない種類のものです。
そして体重と違って、
これらは減らすものではなく、
積み上がっていくものです。
骨への刺激については、
骨と脳の関係を調べた記事でも
書いたとおりです。

13 kg減った今も、
階段を登る脚は11年前より確かです。
体重計の数字は結果の一つで、
身体そのものが資産になっていました。
私はそう整理しています。
出典:Body composition changes during weight reduction with tirzepatide in the SURMOUNT-1 study
Changes in lean body mass with glucagon-like peptide-1-based therapies and mitigation strategies
Preserving Healthy Muscle during Weight Loss
近道がある時代の、遠回りの意味

それでも、と思うのです。
近道が本物になった時代だからこそ、
遠回りの意味は、
むしろはっきりしたのではないかと。
体重を減らすだけなら、
薬という近道があります。
だからこれからの遠回りは、
体重以外のものも一緒に手に入れたい人の
選択肢として残っていくのだと思います。
11年前の私は、そこまで考えて
階段を選んだわけではありません。
ただ続けているうちに、
これは11年やってみて
初めて分かったことですが、
遠回りには “途中” があります。
その途中の1つ1つが、
いま振り返ると財産になっています。
積み上げてきた習慣が無駄になるようで
落ち着かない —
もしそうなら、思い出したいことがあります。
薬が届けてくれるのは体重の変化で、
近道を責める必要も、
遠回りを誇る必要もありません。
どちらを選んでも、
続けることそのものについては、
続けることと、改善することという記事に
書いています。

まとめ:薬が悪いのではない。私が選ばなかっただけ

私の答えは、こうです。
体重だけが目的なら、
近道はもう存在します。
それでも私が階段を選び続けるのは、
この11年で手に入れたものが
体重だけではなかったからです。
薬が悪いのではありません。
私が選ばなかっただけです。
選ばなかった代わりに、
私は “途中” を全部歩きました。
それがこの11年の、
いちばんの収穫だったと思っています。
そこに何が積み上がっていくのかを、
私はもう知っているからです。
13 kgを減らすまでの道のりは、
Kindle本『40代、私はこうして13 kg減量した』に
まとめています。
日々の小さな記録は、noteのマガジンにも静かに綴っています。
おことわり
本記事は情報提供を目的としており、特定の効果・効能を保証するものではありません。
健康に関するご判断は、必ず医師・専門家にご相談ください。
本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。

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