階段の登り降りを10年続けられた理由:意志ではなく “環境” が行動を変えた

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「続けられないのは意志が弱いから?」:そう思っていたあの頃

「三日坊主」─。
運動を始めるたび、この言葉が頭をよぎっていました。
朝のウォーキング、夜のストレッチ、ジム通い。どれも意気込んで始めたのに、いつのまにか続かなくなる
当時の私は、「意志が弱いからだ」と自分を責めていました。

そんな私が、気づけば10年以上も階段の登り降りを続けている

特別な努力をしたわけではありません。むしろ「頑張る」という意識さえ、途中から消えていました。
なぜ、あの頃は続かなかったのに、階段の登り降りだけは続いたのか ─。

その答えは、意志ではなく “環境” にありました。

人は意志ではなく、環境によって動く
行動科学の研究でも、意志の強さより「行動を引き出す環境設計」が継続の鍵になるといわれています。

私の10年もまた、気づけば 続く環境” に身を置いていた結果でした。

本記事では、

  • 私がどのように環境の力を味方につけてきたのか
  • どんな小さな工夫が「続けられる日常」をつくったのか

をお伝えします。

あなたが今日から “意志に頼らず動ける” 環境を整えるヒントになれば幸いです。

意志力では続かなかった:“やる気” に頼る限界

習慣を変える選択

階段の登り降りを始めたのは、健康診断で「メタボ予備軍」と言われた30代後半の頃。

「よし、今度こそ続けよう」と決意し、最初の数日は気合で階段を登っていました。
しかし数週間もしないうちに、朝は眠気に負け、夜は疲れに負ける。
気づけば、いつものエレベーターへ手が伸びていました。

あの頃の私は、「意志があれば続けられる」と信じていました。
けれど、人間の意志力には明確な限界があります。

心理学者ロイ・バウマイスター氏が提唱した「自我消耗(ego depletion)」理論によれば、
意志力は筋肉のように使うたびに消耗し、時間とともに弱まる性質をもつとされています。

つまり「やる気」や「根性」だけでは、長期的な継続は難しい
日々のストレスや判断の積み重ねが、少しずつ意志力を削っていくのです。

特に中年期以降は、仕事・家事・家族といった複数の役割の中で決断が増え、
脳が慢性的な “判断疲れ” の状態になりやすいことがわかっています。

これを心理学では「決定疲労(decision fatigue)」と呼びます。

私もまさにその状態でした。
「エレベーターか、階段か」と毎回考えること自体が、すでに疲れを増やしていたのです。
気づけば “決意のエネルギー” はすぐに尽き、また三日坊主に戻る──。

それでも、ある時を境に、
気づいたら続いていた” という変化が起こります。
そのきっかけが、意志ではなく “環境” の力だったのです。

出典:What you need to know about willpower: The psychological science of self-control
Is Willpower a Limited Resource?
Tough Choices: How Making Decisions Tires Your Brain

きっかけは “環境” だった:意志を使わず続いた日常の仕組み

習慣の形成

気づけば、今日も階段を登っていた」。
ある日、そんな自分にふと驚きました。

特別な努力をしたわけではありません。
エレベーターを我慢したり、アラームを鳴らしたりしたわけでもない。
それでも、いつのまにか階段を選ぶのが “当たり前” になっていたのです。

思い返せば、職場の建物ではエレベーターが混みやすく、階段のほうが早かった
通勤ルートでは、駅のホームに続く階段が自然と目の前にある
家でも、玄関からリビングへ行く途中に階段がある

私はいつのまにか、“階段を使うことが一番ラクな環境” に身を置いていたのです。

心理学ではこれを「環境トリガー」と呼びます。

人の行動の多くは意識的な判断ではなく、周囲の環境刺激(キュー)によって自動的に引き出されるとされます。
行動経済学者リチャード・セイラーが提唱した「ナッジ理論(Nudge Theory)」もその代表例です。

つまり、人は意志で動くよりも、環境に “押されて” 動く
階段が「目につく位置」にあり、「行きやすい動線」に組み込まれていれば、
脳はそれを最も自然な選択として採用します。

神経科学の視点でも、これは理にかなっています。
習慣行動は脳の線条体(striatum)という領域が関与しており、
繰り返し同じ環境で行動することで “自動化” されることがわかっています。

この自動化が起こると、
「やるか・やらないか」を判断する前に身体が動く
意志力はほとんど使われません

私の場合、階段を登り降りすることは “選択肢” ではなく “通過点” になっていました。
いつのまにか、行動そのものが日常の一部に組み込まれていたのです。

出典:What is a Nudge?
Nudge theory
The role of the basal ganglia in habit formation

環境が脳を動かす:“やる気” よりも確実な行動の科学

環境の影響サイクル

人は環境に反応する生き物である」。
この言葉は、心理学の祖・B.F.スキナーが提唱した行動分析学(Behaviorism)の根幹です。

スキナーは、人間の行動は意志や性格ではなく、環境刺激(Stimulus)とその結果(Consequence)の連鎖で形成されると示しました。

階段の登り降りも、この原理にぴったり当てはまります。

私たちは「階段を見る」「登り降りする」「スッキリ感を得る」という一連の体験を繰り返すうちに、
脳がその行動パターンを報酬として記憶し、自動的な選択として登録していくのです。

神経科学的には、このプロセスに関わるのが脳の報酬系(ドーパミン系)と線条体です。

特に線条体は “習慣の司令塔 とも呼ばれ、行動が繰り返されると、
前頭前野「判断・意志」の領域から、
線条体「自動実行」の領域へと主導権が移ります。

つまり、「意志でやる」から「無意識にやる」への転換は、
脳の構造レベルで起こっているのです。

さらに、スタンフォード大学の行動科学者BJ・フォッグ(BJ Fogg)は、
習慣化「モチベーション × 能力 × トリガー(環境刺激)」の3要素で説明しています。

意志力を補うのではなく、トリガー(きっかけ)を環境に埋め込むことが、
最も強力な行動維持法だと述べています。

このモデルを階段の登り降り習慣に当てはめると、

モチベーション=健康になりたい」
能力=階段を登り降りできる体力」
トリガー=階段が目の前にある」

という3条件が揃うことで、行動は自然に発動します。
そして、最も長続きするのはモチベーションではなく “トリガー”

また、神経心理学の研究では、行動を選ぶ前に脳が “最小抵抗の道” を選好することがわかっています。

つまり、階段を使うほうが「手間が少ない」環境になっていれば、
脳は自動的にその行動を選びます。

意志を使わず続ける” とは、まさにこの脳の省エネ戦略を味方につけることなのです。

環境行動をつくり行動脳を変えまた行動を自動化する。
そのサイクルこそが、私が10年続けられた本当の理由でした。

出典:100 years of B.F. Skinner
The role of the basal ganglia in habit formation
Fogg Behavior Model
The expected value of control: An integrative theory of anterior cingulate cortex function

“続けよう” としなくても続く:環境を味方につけた私の工夫

10年続いたのは、私の意志が強かったからではありません。
むしろ「意志を使わないための工夫」を、少しずつ積み重ねてきた結果でした。
ここでは、私が実際に整えてきた “続ける環境” を紹介します。

階段を「生活動線の中心」に置く

まず、階段を通らないと目的地にたどり着けない動線をつくりました。
家では、玄関からリビングに上がる途中に階段があり、必ず登り降りする構造。
職場でも、エレベーターから少し遠い位置に座席を配置し、
自然と階段を選ぶようになりました。

行動科学では、こうした仕組みを「環境設計(choice architecture)」と呼びます。

選ばなくても行動できる」環境を整えることが、継続の第一歩でした。

出典:Online choice architecture and digital decision making
Behavioural Insights Team

“決まった時間” に組み込む

次に、階段を登り降りする時間帯をルーティン化しました。
当初は昼食後、今は起床1時間程度あとの朝活

あらかじめ「階段を登り降りするタイミング」が決まっていると、
はそれを「判断不要の自動行動」として処理します。

スタンフォード大学のBJ・フォッグ博士は、
行動を特定の “トリガー時間” に結びつけることで、継続率が格段に上がる」と述べています。

出典:Fogg Behavior Model

負担を減らす “身体的環境” を整える

続けるうえで意外と大きいのが、「身体的ハードル」です。

私は階段を登り降りする用の軽いスニーカーを常にロッカーに置き、
ヒールや革靴を脱いでから登るようにしました。

また、手荷物を最小限にして両手を自由に保つことも重要です。

「体が動きやすい状態=行動が起こりやすい状態」

これは神経生理学の基本原理で、
行動を阻む “摩擦(friction)” を減らすほど、継続しやすくなることがわかっています。

出典:Situational Strategies for Self-Control
Effective Self-Control Strategies Involve Much More Than Willpower, Research Shows

小さな成功を“見える化”する

私のモチベーション維持を支えたのは、スマートウォッチの階段登り降り時の心拍数計測機能でした。

日々の積み上げが数字として見えると、
脳の報酬系が刺激され、自然と “またやろう” という気持ちが生まれます。

研究でも、行動の可視化が習慣形成を強化することが示されています。

これらの工夫を意識的に始めたわけではありません

少しずつ「やりやすくする」ことを重ねた結果
いつのまにか 続ける環境” が整っていたのです。

環境を整えるとは、努力をなくすこと

頑張らずに続けられる仕組みこそが、
私を10年支え続けてくれた最大の味方でした。

出典:Foundations of an attributional theory of performance

今日から変えられる:“意志を減らす” 環境チェックリスト

行動を変えるための環境の工夫

意志力は有限でも、環境は設計できます
そして、環境を整えることは決して難しいことではありません。
頑張らなくても続く仕組み」は、ほんの小さな工夫の積み重ねから生まれます。

以下のチェックリストは、私自身が10年間続ける中で気づいた “環境設計のポイント” をもとにしています。
あなたの生活にも1つでも取り入れられそうなものがあれば、
それだけで「意志を使わずに動ける確率」がぐっと高まります。

“意志を減らす” 環境チェックリスト

  • 階段が視界に入る位置にあるか?:
    • → 見えるものは思い出す。視覚トリガーは行動を誘発する
  • 階段までの動線に“迷い”がないか?:
    • → 道筋がシンプルであるほど、脳は “最小抵抗の行動” を選ぶ傾向があります。
  • 時間帯を固定しているか?:
    • → BJ・フォッグ博士の「Tiny Habits理論」では、特定の時間や行動後に結びつけることで定着率が上がるとされています。
  • 行動を邪魔する“摩擦”を取り除いているか?:
    • → 靴、荷物、階段の場所など、物理的・心理的な負担を1つずつ減らす。
  • 成果を “見える化” しているか?:
    • → スマートウォッチやアプリでカウントすると、脳の報酬系が活性化しやすい。
  • “できない日”を想定しているか?:
    • → 行動科学では「if–thenプランニング(もし~なら…する)」が継続率を高めると報告されています。
  • “成功体験” を毎日思い出せる仕掛けがあるか?:
    • → 昨日の自分を少し超えた、という小さな成功の記録が最強のモチベーション。

出典:Context Stability in Habit Building Increases Automaticity and Goal Attainment
Tiny Habits, Big Results: Your method for success
Situational Strategies for Self-Control
Foundations of an attributional theory of performance
Implementation intentions: Strong effects of simple plans

小さな変化から始めよう

すべてを完璧に整える必要はありません。
1つのチェック項目を満たすだけでも、脳の「行動のしやすさ」が変わります。

重要なのは、「どう意志を強くするか」ではなく、
どうすれば意志を使わずに済むか」を考えること。

環境を味方につければ、継続は努力ではなく自然現象になります。
それこそが、私が10年間階段を登り続けられた最大の理由でした。

意志は有限、環境は持続する:“頑張らない継続” の力

振り返れば、私が10年も階段の登り降りを続けられたのは、
意志が強かったからではなく、環境が味方してくれたからでした。

最初の頃は、「明日こそ頑張ろう」と何度も自分を奮い立たせていました。
けれど、そのたびに疲れ、続かず、また落ち込む ─ その繰り返し。

そんな私を変えたのは、「頑張る」ことをやめて、
頑張らなくてもできる環境」を整えたことでした。

意志は、日々の決断で少しずつ消耗していきます。
けれど、環境は一度整えれば、私たちを静かに支え続けてくれます。

行動科学でも、“意志より環境のほうが行動を決定づける” という研究は数多く報告されています。

環境が整えば、行動は努力ではなく自然現象になります。

階段を登り降りすることが特別な「運動」ではなく、
生活の一部として呼吸するように続く ─ それが、真の意味での習慣です。

だからこそ、読者のあなたにも伝えたい。
「意志が弱い」と思わなくていい。
あなたが悪いのではなく、環境がまだ味方になっていないだけ

明日、エレベーターの前でふと階段が目に入ったら、
どうか1段だけでも、1階分だけでも登ってみてください。
その一段が、環境を変え、そして未来を変える最初のトリガーになります

出典:Psychology of Habit

おことわり

本記事は、筆者が実際に行ってきた階段の登り降り習慣をもとにした体験記です。

記載している内容は一般的な健康情報や行動科学の知見を紹介するものであり、特定の疾病や症状の診断・治療を目的とするものではありません。

運動や生活習慣の改善を始める際は、体調や既往歴に応じて、医師・保健師など専門家にご相談のうえ、無理のない範囲で実践してください。

また、本文中に引用している研究・論文・外部サイトは、記事執筆時点で公開されている学術的・公的情報に基づいています。

効果の感じ方や結果には個人差があります。

本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。

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この記事を書いた人

“じみ” に “もくもく” と “すきなこと” を “継続する” ことが最近の楽しみです。

『人生を自由に楽しく』が目標です。

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