エスカレーターを避けた “なんとなく” の一歩が、すべての始まりでした
健康診断の結果を見たとき、胸の奥に小さなざらつきを感じました。
「メタボ予備軍です」 ─ その文字を何度も見返したのを覚えています。
数値で言えば、BMIは26。中性脂肪は180。肝機能も大幅にオーバー。
とはいえ、見た目は “そこそこ普通” でしたし、周りにも同じような人はたくさんいました。
「まだ大丈夫だろう」と思ってしまったのです。
それが、今思えば危険の始まりでした。
運動をしなければいけないことは分かっていました。
けれど、仕事終わりにジムへ行く気力もなく、ジョギングも三日坊主。
通販で買った腹筋ローラーは、いつの間にかリビングのオブジェになっていました。
そんなある日、出かけ先で駅のエスカレーターが止まっていました。
仕方なく階段を登ったのです。
それだけのことでした。
しかし、登りきったときに息が切れ、足が重く、太ももがじんじんと熱くなりました。
「こんなに階段ってきつかったっけ?」
そう思いながらも、なぜか身体の中に “何かが動いた” ような感覚がありました。
不思議と、悪い気はしませんでした。
翌日も、なんとなく階段を使ってみました。
それが、私の “運動習慣” の始まりになったのです。
あの日、階段を “なんとなく” 登った理由

あの日、私が階段を登ったのは、特別な決意があったわけではありません。
ただ、エスカレーターが止まっていたから。
それだけの “偶然” でした。
けれど、その偶然が、のちに大きな変化のきっかけになりました。
思い返せば、私は長い間「運動を始めよう」と思いながらも、なかなか行動に移せずにいました。
スポーツジムは入会だけして通わず、ランニングシューズはほこりをかぶったまま。
“何かを始める” という言葉が、どこか大げさに感じていたのです。
しかし階段は違いました。
道具も準備もいらず、特別な時間を確保する必要もありません。
ただ、エスカレーターに乗らずに階段を選ぶ ─ それだけで運動になるのです。
この「ハードルの低さ」が、私の背中を押してくれました。
もうひとつ、階段には “即効性” がありました。
登り終えた瞬間、心拍が上がり、呼吸が速くなり、身体が温かくなる。
ほんの数十秒で、「あ、動いたな」と実感できる。
これが、続けるモチベーションになったのです。
今思えば、このとき感じたのは「成果」ではなく「手応え」でした。
数字でも記録でもなく、「身体が反応した」という小さな感覚。
それが、運動嫌いの私にとっては新鮮で、なぜか心地よく感じました。
心理学では、このような “小さな成功体験” を「マイクロモーメント」と呼びます。
人は大きな成果よりも、「できた」「やれた」という瞬間的な充実感で行動を繰り返すのだそうです。
私が階段を登り続けるようになったのも、まさにその “マイクロモーメント” の積み重ねでした。
「意志が強かったわけではない」と言い切れます。
ただ、階段という小さな行動が、“気持ちよさ” と “達成感” をくれた。
だから翌日も、またその次の日も登ったのです。
メタボ予備軍の現実:身体が発する小さなサイン

健康診断で「メタボ予備軍です」と言われたとき、私は正直、実感がありませんでした。
お腹は少し出ていたものの、「年齢のせいかな」と思う程度。
しかし、検査結果を見返すと、数値は確実に上昇していました。
BMIは26を超え、中性脂肪は180。
血圧も以前より高くなり、肝機能の数値も基準を大幅に上回っていました。
どれも “すぐに病気” というわけではないものの、確実に身体がサインを出していたのです。
それでも私は、「まだ大丈夫」「もう少ししたら運動しよう」と後回しにしていました。
忙しさを理由にして、生活を変えないまま数年が過ぎていきました。
今振り返ると、身体はあの頃から静かにSOSを出していたのだと思います。
朝起きても疲れが抜けず、階段を少し登るだけで息が切れる。
仕事中に集中力が続かず、頭がぼんやりする。
すべてが、“代謝の低下” と “血流の悪化” のサインでした。
ある日、ふと鏡を見たときに、頬が少しむくんでいることに気づきました。
それをきっかけに、「このままではいけない」と思い始めたのです。
とはいえ、ジムに通う時間も気力もありません。
「できることから少しずつやってみよう」 ─ そう思って、最初に選んだのが “階段” でした。
階段を登ると、すぐに心拍が上がり、息が速くなります。
登りきったあともしばらく身体が温かく、呼吸が整っても体内は “燃えている” 感覚がありました。
この現象は、運動によって代謝が一時的に高まる「アフターバーン効果」と呼ばれています。
簡単に言えば、「運動後も脂肪が燃えやすい状態がしばらく続く」ということです。
たとえ短時間でも、身体の中ではエネルギー消費が継続しています。
私はそのことを当時はまだ知りませんでしたが、
階段を登ったあとに感じた “身体のポカポカ感” は、まさにそのEPOCのサインだったのだと思います。
ほんの数十段でも、心拍が上がり、呼吸が深くなる。
それが、身体を再び「燃やすモード」に戻してくれる感覚。
階段は、忙しい日常の中でも取り入れられる “小さな再起動ボタン” のような存在でした。
階段運動がくれた “達成感の報酬”

最初の3日間は、正直つらいものでした。
1階から3階まで登るだけで息が上がり、太ももは重く、汗がじんわりにじみました。
「たったこれだけで、こんなにきついのか」と驚いたのを覚えています。
それでも不思議なことに、やめようとは思いませんでした。
なぜなら、階段を登り終えた瞬間に、確かに “達成感” があったからです。
それは、「運動をした」という実感よりも、
“自分が行動できた” という小さな誇らしさに近い感覚でした。
仕事でうまくいかなかった日でも、階段を登りきると、「今日も一段は進めた」と感じられました。
たった数分の行動でも、達成感は確かに存在します。
そしてその感覚が、翌日もまた同じ行動をとるエネルギーになるのです。
EPOCが教えてくれた「運動後のご褒美」
階段を登ったあとは、しばらく身体がぽかぽかと温かいままでした。
仕事中でも足元から熱が残るような感覚があり、「燃えているな」と感じたのを覚えています。
当時はその理由を知りませんでしたが、後になって調べてみると、それがEPOC(運動後過剰酸素消費量)によるものでした。
EPOCとは、運動後も身体が通常より多くの酸素を消費し続ける状態のことです。
つまり、階段を登り終えたあとも、体内では脂肪や糖をエネルギーとして使い続けているということ。
短時間でも、しばらく代謝が高いまま維持されるため、“運動後も燃えている” 状態になります。
私はそれを、「運動後のご褒美」だと感じました。
運動したあとも、身体が静かに頑張ってくれている。
その事実が、私の中でモチベーションになったのです。

続けるうちに起きた変化
1週間が過ぎたころ、朝の通勤時に階段を登るのが少しだけ楽になりました。
最初は3階まで登るだけで息が切れていたのが、今では5階まで登っても呼吸が落ち着くのが早くなりました。
そして、心なしか身体が軽くなったような感覚もありました。
この時期から、「もう少し登ってみよう」「今日は2回に分けてやってみよう」と、自分の中で工夫が生まれ始めました。
義務ではなく、ちょっとしたチャレンジのような感覚です。
この “負荷の微調整” が、さらにEPOC効果を高めてくれました。
1日5分でも続けることで、身体が変わり始める。
それが分かると、運動は “苦行” ではなく “習慣の一部” になっていきました。
心が前向きになった理由
階段を登るようになってから、気持ちの浮き沈みが減りました。
小さな達成感を毎日積み重ねることで、「自分は変われる」という確信が少しずつ芽生えたのです。
忙しい日々の中でも、「今日も階段を登れた」という事実が、心の安定剤になりました。
気づけば、階段は単なる運動ではなく、「一日のリセット時間」になっていました。
身体の疲れを感じながらも、心が少し軽くなる ─ そんな不思議な時間です。
なぜ階段は続けられたのか:意志より “環境の力”

振り返ってみると、私が階段の登り降りを10年以上も続けられたのは、強い意志があったからではありません。
むしろ、意志に頼らなくても続けられる “環境” を作れていたからだと思います。
階段が “生活の一部” になった理由
最初の頃は、「よし、今日も登るぞ」と気合を入れていました。
でも数週間もすると、その意識は消えていました。
いつの間にか、“階段を使うこと” が当たり前になっていたのです。
その理由はシンプルでした。
階段が、通勤や買い物といった日常の動線の中にあったからです。
「ジムに行く」「走る」といった特別な準備がいらず、
ただ “通るだけ” で運動になる。
この環境が、意識しなくても行動を続けられる土台になっていました。
つまり、階段は「やる・やらない」を考える余地がない運動です。
行く場所が決まっていれば、あとは登るだけ。
この “選択しなくていい状態” こそが、継続の最大の味方でした。
行動科学が示す「意志より環境」の法則
行動科学の分野では、「人は意志よりも環境に従う」といわれています。
たとえば、机の上にお菓子があればつい手が伸びるように、
階段が目の前にあれば、人は無意識に登ってしまうのです。
私の場合も、日常にある階段を “意図的に選ぶ” ようにしました。
最初は意識していましたが、次第に「階段=自分のルート」と脳が認識するようになり、
意識しなくても足が自然と階段に向かうようになりました。
この状態になると、やめることのほうが違和感になります。
「習慣」とは、まさにその “違和感の転換” なのだと感じました。
続ける仕組みを作るコツ
私が続けられたのは、たまたま “生活の中に階段があった” だけではありません。
いくつかの小さな工夫を意識していました。
- 階段を登った回数をカレンダーに印をつける
→ 視覚的に「やった」と実感できる。 - 朝と夕方、どちらかだけでも登る
→ 「できなかった」ではなく「どちらかでOK」にする。 - エスカレーターの前に立つ時間をなくす
→ 迷う時間を減らすだけで継続率が上がる。
こうした小さな設計を積み重ねることで、
「続けよう」ではなく「自然と続く」状態に変わっていきました。
環境が意志を超えた瞬間
ある日、駅でエスカレーターが再び動き始めたとき、
私は迷わず階段のほうに足を向けていました。
その瞬間、少しだけ自分を誇らしく感じました。
「もう、自分は変わったんだな」と思えたのです。
意志ではなく、環境に支えられて続いた行動。
それが、いつの間にか私の生き方の一部になっていました。
階段が変えた身体と心:10年後のデータ

気づけば、階段を登る生活を始めて10年が経っていました。
この10年で、私の身体は少しずつ、しかし確実に変わりました。
10年間の変化が示すもの
最初の頃は、体重の数字に大きな変化はありませんでした。
しかし半年を過ぎたあたりから、少しずつ身体が軽くなり、体脂肪率が下がっていきました。
中性脂肪は180から90に下がり、肝機能の数値(GPT・γ-GTP)も正常値に戻りました。
毎年の健康診断では、「年齢の割に理想的なデータですね」と言われるようになりました。
これらの数値の改善は、特別な食事制限をしたわけではありません。
階段という “日常の運動” を、淡々と続けただけです。
その継続が、確実に身体の仕組みを変えていったのだと思います。
階段運動が代謝を底上げしてくれた
階段を使うと、心拍数が上がり、太もも・お尻・ふくらはぎなどの大きな筋肉が一度に働きます。
この「大筋群の同時稼働」が、基礎代謝を高める最大の要因です。
さらに、階段を登ると一時的に酸素消費量が増え、運動後も代謝の高い状態が続きます。
これが、以前お話しした EPOC(運動後過剰酸素消費量) です。
たとえば、10分間の階段登り降りでも、EPOCの効果は3〜5時間続くといわれています。
そのあいだ、身体は脂肪や糖を燃やし続けてくれるのです。
つまり、階段運動は「短時間でも、長く効く運動」。
これが、10年という長期スパンで見たときの “静かな差” を生みました。
階段が心にもたらした変化
数字以上に大きかったのは、心の変化です。
階段を登る時間は、私にとって「考えすぎを手放す時間」になりました。
息を整えながら一段ずつ登っていくと、不思議と頭の中の雑音が静まっていきます。
“今ここ” に集中する感覚 ─ それはまるで、動きながら行う瞑想のようでした。
心理学ではこれを「動的瞑想(Active Meditation)」と呼びます。
一定のリズムで身体を動かすことで、副交感神経が活性化し、
ストレスが軽減され、心の安定につながることがわかっています。
私の場合も、仕事で悩んだり落ち込んだりしたときほど、階段を登りたくなりました。
登るたびに気持ちが整理され、登りきったときには少しだけ前向きになれていたのです。
身体と心の “複利” が積み重なった
10年間を通して感じたのは、
「小さな行動の積み重ねは、確実に複利になる」ということでした。
たとえ1日の運動が5分でも、それを10年続ければ、
合計で1,800時間以上、身体を動かしたことになります。
その時間が、代謝・筋肉・心のすべてを少しずつ変えていったのです。
今では階段を登ることが、健康維持のためだけでなく、
“自分を整える儀式” のような存在になりました。
習慣が身体を変え、身体が心を変え、
そしてその心が、また行動を続けさせてくれる ─。
階段は、私にとって「成長の循環」を生んでくれる場所になったのです。
まとめ:“なんとなく” の一歩が、人生を変える

振り返ってみると、私の人生を変えたのは「大きな決意」ではありませんでした。
あの日、止まっていたエスカレーターを見て、
“なんとなく階段を登った” ─ それだけのことでした。
でも、そのたった一度の「なんとなく」が、
身体を変え、心を整え、そして生き方までも変えてくれました。
小さな一歩が積み重なるとき
階段を登るたびに感じた息の切れや筋肉の張り。
その一段一段が、いつの間にか私の “日常のリズム” になっていました。
気づけば10年。振り返ると、続けてきたのは特別な努力ではなく、
「できる範囲でやる」という小さな積み重ねでした。
私たちは、「やるなら完璧に」「結果を出さなきゃ」と思いがちです。
けれど、本当に人生を動かすのは、
“なんとなくやってみた” という軽い行動の積み重ねなのだと思います。
階段を登るように、少しずつ進めば、
気づかないうちに高い場所まで登っている。
その感覚が、自信と希望に変わっていくのです。
「明日やろう」より「今、登ろう」
もし今、この記事を読んでいるあなたが、
「運動を始めなきゃ」「でも続かない」と感じているなら、
どうか大きな準備をしようとしないでください。
必要なのは、ほんの一歩です。
エスカレーターの横にある階段を、今日は登ってみる。
それだけで十分です。
その一段が、あなたの身体を、そして未来を静かに変え始めます。
階段が教えてくれたこと
階段は、私に「続ける力」を教えてくれました。
意志よりも環境、努力よりも積み重ね。
そして、変化は “静かに” 起こるということ。
階段を登るたびに、私は自分の中の「まだできる」という声を感じます。
それが、毎日を少しだけ前向きにしてくれるのです。
おことわり
本記事で紹介している内容は、筆者自身の体験と一般的な運動理論(EPOC・階段運動など)に基づくものです。
効果や体感には個人差があり、すべての方に同様の結果を保証するものではありません。
持病や体調に不安がある方は、運動を始める前に医師または専門家にご相談ください。
安全で無理のない範囲で、日常の中に少しずつ階段運動を取り入れてみてください。
本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。
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