誰にでも起きているのに、言葉にされてこなかった感覚
階段の登り降りをしていると、ある瞬間に気づきます。
最初は息が上がり、脚が重く、
「今日はきついな」と感じていたはずなのに、
いつの間にか呼吸が落ち着き、
同じ動きを続けているのに、
なぜか「あれ、さっきより楽だな」と感じる瞬間が訪れる。
特別なトレーニングをしているわけでもない。
スピードを落としたわけでも、休んだわけでもない。
それなのに、身体の内側だけが、静かに変わっている。
この感覚は、決して珍しいものではありません。
むしろ、続けられている人ほど、当たり前のように経験しています。
しかし多くの場合、
この「楽になった瞬間」は、正しく扱われません。
そんなふうに片づけられ、
深く考えられることはほとんどありません。
けれど実際には、
この瞬間こそが、
階段の登り降りという運動が “続けられる形” に変わった合図です。
それは気合や根性の問題ではなく、
身体があるモードを終え、
別のモードへと移行した結果として起きています。
この記事では、
その「切り替わりの正体」を、
という順で、静かに整理していきます。
運動中に訪れる「切り替わりの瞬間」

階段の登り降りを続けていると、
ある時点から、身体の反応が明らかに変わります。
苦しさが消えるわけではありません。
脚は動き続けていますし、運動は終わっていない。
それでも、「耐えている感じ」だけが、ふっと薄れる。
多くの人が、この変化を次のように表現します。
重要なのは、
これは主観的な気分の変化ではないという点です。
実際、心拍計をつけている人ほど、
この瞬間に「数値が安定する」ことに気づきます。
上がり続けていた心拍が、
あるところで頭打ちになり、
そこから上下の振れ幅が小さくなる。
呼吸も同様です。
最初は浅く、速く、乱れやすかったものが、
次第に深さとリズムを取り戻していきます。
この状態は、
運動が軽くなったから起きているわけではありません。
変わったのは「外」ではなく、
身体の内側の制御の仕方です。
生理学的に見ると、
これは「心肺機能が追いついた」「循環が安定した」
と表現できます。
運動初期には、
心拍・呼吸・血流はバラバラに立ち上がります。
それが一定時間を経て、
需要と供給が釣り合うゾーンに収束する。
この現象自体は、
持久性運動における定常状態(steady state)として
古くから知られています。
ただし、
多くの人はこの変化を
「トレーニング理論」ではなく、
ただの感覚として通り過ぎてしまう。
けれど、階段の登り降りを続けられる人は、
無意識のうちに知っています。
「あ、いま入ったな」
「ここからは、いける」
この“いける感覚”こそが、
身体のモードが切り替わったサインです。
この「楽になる前」に、
身体が何をしているのかを
エネルギーとホルモンの視点から整理します。
「気のせい」では済まされない理由が、
そこにあります。
出典:Effect of steady-state aerobic exercise intensity and duration on the relationship between reserves of heart rate and oxygen uptake
The physiology of submaximal exercise: The steady state concept
「楽になる前」に、身体の中で起きていること

階段の登り降りを始めた直後、
身体の中では、ある種の「非常対応」が起きています。
運動開始から数分間、
エネルギー供給の主役になるのは、
血中グルコースと肝グリコーゲンです。
これは効率が悪いわけではありません。
むしろ、即応性に最も優れたエネルギー供給です。
問題は、
この供給方式が「持続」を前提にしていないことです。
運動開始直後は「血糖依存」が高い状態
運動が始まると、
筋肉は即座にATP(Adenosine Triphosphate:アデノシン三リン酸)を必要とします。
その需要に応えるため、身体は次の順で対応します。
特に重要なのが、
アドレナリン(エピネフリン)とコルチゾールです。
これらは「ストレスホルモン」と呼ばれますが、
本質的には
エネルギーを即座に動員するためのホルモンです。
この状態では、
心拍が上がりやすく、
呼吸も浅くなりやすい。
身体はまだ
「長く動く」前提に入っていないのです。
なぜ最初は「きつい」のか
多くの人は、
この段階の苦しさを
「体力不足」や「衰え」と結びつけがちです。
しかし実際には、
誰の身体でも起きる、正常な反応です。
理由は明確で、
血糖依存のエネルギー供給は、
という特徴を持つからです。
ホルモンを介した制御は、
どうしてもオーバーシュートを起こします。
これは
エネルギーが足りないからではありません。
むしろ逆で、
「急ぎすぎている」状態です。
「使い切る」とは、枯渇ではない
ここで誤解されやすいのが、
「使い切ると楽になる」という表現です。
これは
グリコーゲンが空になる
という意味ではありません。
実際、
肝グリコーゲンが完全に枯渇するのは、
長時間の持久運動や極端な絶食時です。
階段の登り降り程度で
そこまで至ることはありません。
ここで起きているのは、
“非常モードを続ける必要がなくなる”
という変化です。
この条件がそろったとき、
身体はようやく
「この運動は持続可能だ」と判断します。
その判断が、主観的には
「急に楽になった」
という感覚として現れます。
血糖から脂肪へ、では終わりません。
実際には、
「併用できる身体」に切り替わる
その構造こそが、
「楽さ」の正体です。
出典:Effects of endurance exercise training on muscle glycogen accumulation in humans
主役が交代する瞬間:血糖依存から “併用エンジン” へ
「楽になった」と感じる瞬間、
身体の中ではエネルギー代謝の主役交代が起きています。
ただし、
これは「糖が止まり、脂肪に完全に切り替わる」
という単純な話ではありません。
実際に起きているのは、
血糖だけに頼らない “併用型エンジン” への移行です。
血糖一本足打法の限界
運動開始直後の代謝は、
ほぼ例外なく糖質優位です。
この状態は、
呼吸交換比(RER:VCO₂ / VO₂)で見ると
0.95〜1.0付近に現れます。
糖質代謝の利点は明確です。
一方で欠点もあります。
このため、
糖質に強く依存している状態では、
代謝が安定しにくい。
それが
心拍の乱れや
「苦しい」という主観的感覚として現れます。
出典:Physiology, Carbon Dioxide Retention
The Respiratory Exchange Ratio is Associated with Fitness Indicators Both in Trained and Untrained Men: A Possible Application for People with Reduced Exercise Tolerance
脂肪酸利用は「徐々に」立ち上がる
脂肪酸代謝は、
糖質代謝のように即座には立ち上がりません。
理由は単純で、
工程が多いからです。
この一連の流れが安定するまでには、
一定の時間と持続刺激が必要です。
階段の登り降りのように、
中強度で止まらず続く運動は、
この条件を満たしやすい。
その結果、
RERは
0.9 → 0.85 → 0.8 付近へ
ゆっくりと下がっていきます。
これは
糖が減ったサインではなく、
脂肪が “参加してきた” サインです。
出典:Fat Detection: Taste, Texture, and Post Ingestive Effects
Regulation of endogenous fat and carbohydrate metabolism in relation to exercise intensity and duration
「併用」できると、なぜ楽になるのか
糖質と脂質を同時に使える状態になると、
代謝には大きな変化が起きます。
これを感覚的に言えば、
エンジンの回転が安定する状態です。
エネルギーが
「足りるか・足りないか」ではなく、
「揺れなく流れ続けるか」に変わる。
この安定性こそが、
主観的な「楽さ」の正体です。
重要なのは、
この段階でも糖質は使われ続けている点です。
上下動を繰り返す階段運動は、
結果的に
基質ミックスを自然に切り替え続ける運動になります。
代謝が安定すると、身体は「続けられる」と判断する
代謝が併用モードに入ると、
身体は次のような判断を下します。
その結果として、
RPE:自分がどれくらい「きつい」と感じているかを数値化した指標
これは
意志の問題ではありません。
代謝構造が “長距離仕様” に切り替わった結果です。
ACSM(米国スポーツ医学会)でも、
持続運動中に
酸素摂取量・心拍・基質利用が
定常状態に入ることが示されています。
出典:ACSM’s Guidelines for Exercise Testing and Prescription, 12th edition
「楽」はサボりではない:生存モードの終了と巡航モード

「楽になった」と感じた瞬間、
多くの人は、無意識にブレーキを踏みます。
そう考えて、
ペースを上げたり、
階段を一段飛ばしにしたり、
必要以上に負荷を足してしまう。
けれど、その判断は、
身体の状態とは逆方向を向いています。
「楽=怠け」だと思ってしまう理由
私たちは長いあいだ、
運動を「我慢」や「根性」と結びつけてきました。
こうした価値観は、
短期的には人を動かします。
しかし、長くは続きません。
なぜなら、
その前提にあるのは
常に生存モードでい続けることだからです。
生存モードとは、
言い換えれば
「今だけを乗り切る状態」です。
この状態が長く続けば、
どこかで必ず破綻します。
巡航モードとは「最適化された平常」
「楽になった」状態は、
決して運動が軽くなったわけではありません。
違うのは、
無理を続けなくてよくなったという点です。
ここで身体が入るのが、
いわば巡航モードです。
巡航モードでは、
派手さはありません。
達成感も薄いかもしれません。
しかし、
この状態だけが、続いていくことを許されます。
Persistent-Wins が重視するのは「続けられる静けさ」
Persistent という言葉は、
「粘る」「耐える」という意味ではありません。
本来の意味は、
消えずに残り続けることです。
そのために必要なのは、
強さよりも、
速さよりも、
壊れない構造です。
巡航モードに入った身体は、
ちょうどいい静けさを持っています。
この静けさは、
サボりではありません。
むしろ、
最も無駄が削ぎ落とされた状態です。
「楽」を受け入れられる人だけが、先に進む
階段の登り降りを
何年も続けている人たちは、
特別なことをしているわけではありません。
彼らがしているのは、
ただ一つです。
「楽になった状態を、疑わない」
ここで自分を責めず、
無理に盛り上げず、
静かに動き続ける。
その選択の積み重ねが、
気づけば
「続いている身体」
「戻ってこられる習慣」
をつくっています。
なぜ「階段の登り降り」で起きやすいのか

巡航モードは、
意志の強さや経験年数によって
無理やり引き出せるものではありません。
必要なのは、
身体が「これは続けても安全だ」と判断できる構造です。
階段の登り降りは、
その条件を、ほとんど無意識のうちに満たします。
強度と持続時間が、はじめから噛み合っている
階段の登りは、
見た目以上に強度の高い動作です。
一方で、
多くの人は本能的に
全力では登りません。
息が上がりすぎれば減速し、
脚が重ければ一段ずつ刻む。
この「自然な調整」が、
結果として
中強度・持続可能なゾーンをつくります。
これは数値で見ても一致します。
ACSMでは、
中強度運動を
最大心拍数の約64〜76%
と定義していますが、
日常的な階段の登り降りは
多くの人でこの範囲に収まります。
つまり階段は、
最初から
追い込みすぎない強度に設計されている運動なのです。
上下動が、代謝と呼吸を勝手に整える
階段の登り降り運動のもう一つの特徴は、
上下動が必ず含まれることです。
この切り替えが、
一段ごとに自動で起きます。
結果として、
代謝は「固定」されず、
常に微調整され続ける。
これは、
糖質一本依存にも、
脂質一本依存にも傾きにくい状態です。
呼吸も同様です。
意識しなくても、
呼吸と動作が同期しやすい。
この同期こそが、
心拍・代謝・主観的努力感を
同時に落ち着かせます。
「日常動作」であることが、最大の利点
階段の登り降りは、
トレーニングではありません。
少なくとも、
脳はそう認識しています。
この心理的安全性が、
生存モードへの過剰なスイッチを防ぎます。
人は
「頑張らなければならない」と思った瞬間、
無意識に力みます。
階段の登り降りには、それがありません。
だからこそ、
身体は早い段階で
「長く続けてもいい動きだ」
と判断できる。
その判断が、
巡航モードへの移行を早めます。
階段は「戻ってこられる運動」である
多くの運動が、
「やるか、やらないか」
の二択になるのに対し、
階段の登り降りは違います。
どんな日でも、
完全にゼロにならない。
この構造は、
身体にとっても、
習慣にとっても、
非常に重要です。
巡航モードとは、
突き抜ける状態ではなく、
いつでも戻ってこられる状態だからです。
まとめ:「楽になる」は、正しく進んでいるサイン

階段の登り降りで
急に「楽」になる瞬間は、
- 体力が落ちたサインでも
- 手を抜いている証拠でもなく
身体が “続けられる設計” に入った合図です。
この切り替えを信頼できる人だけが、
静かに、長く、積み上げていきます。
速さではなく、
派手さでもなく、
消えずに残ること。
それが、
階段の登り降りが
Persistent-Wins であり続ける理由です。
おことわり
本記事は、階段の登り降りをはじめとする運動中に多くの人が経験する「ある瞬間から急に楽になる感覚」について、筆者自身の長期的な実践体験と、既存の運動生理学・代謝学の知見を照らし合わせながら整理したものです。
記事内では、呼吸、心拍、エネルギー代謝、ホルモン反応などについて触れていますが、特定の治療・診断・運動処方を目的としたものではありません。
また、運動中の体感や反応には、年齢・体調・既往歴・運動経験などにより個人差があります。
本記事で紹介している変化や感覚は、すべての人に同一に起こることを保証するものではない点を、あらかじめご了承ください。
なお本記事では、「楽になる」「苦しくなくなる」といった表現を用いていますが、これは運動負荷が消える、あるいは努力が不要になることを意味するものではありません。
本文で述べている「楽さ」とは、身体が生存的な非常対応を終え、持続可能な代謝・循環の状態へ移行した結果として現れる主観的な感覚を指しています。
体調に不安がある方、持病や既往歴のある方、運動に制限のある方は、必ず医師や専門家に相談のうえで運動を行ってください。
本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。
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