階段の登り降りで感じる「二種類の冴え」の正体
階段の登り降りをすると、息が上がり、脚は重くなる。
それなのに、不思議と頭は冴えてくる。
前回の記事では、この現象の背景にある「乳酸」の役割を解説しました。
乳酸は疲労物質ではなく、運動中に立ち上がる “即応型のエネルギー”。
階段で心拍が上がると、筋肉だけでなく脳にもエネルギーが届けられ、思考がクリアになる。
ここまでが、いわば “瞬発の冴え” の話です。
しかし、こんな疑問も浮かぶかもしれません。
あの冴えは、乳酸とは少し質が違うように感じませんか?
実はそこには、もうひとつの電源が働いています。
それが「ケトン体」です。
脳のエネルギー源といえばブドウ糖が有名ですが、
私たちの身体はそれだけに依存していません。
状況に応じて、複数の燃料を使い分けています。
どちらが正しい、という話ではありません。
大切なのは、脳が賢く電源を切り替えているという事実です。
階段の登り降りは、そのスイッチを自然に押す行為とも言えます。
本記事では、
乳酸とケトン体を「対立」ではなく「役割分担」として整理し、
階段習慣がなぜ理にかなっているのかを、代謝の視点から解き明かしていきます。
その両方をつなぐのが、脳の “二層電源構造” です。

乳酸とケトン体は対立しない:脳のハイブリッド電源構造

なぜ「糖質 vs ケトン」の対立構図が生まれたのか
近年、「糖質は悪」「ケトン体こそ脳の最適燃料」といった極端な議論が広まりました。
一方で、「脳のエネルギー源はブドウ糖だけ」という旧来の説明も根強く残っています。
しかし実際の生理学は、どちらか一方を排除する構造ではありません。
脳は状況依存的に複数の基質を使い分ける臓器です。
例えば ―
これは動物実験・ヒト研究の双方で確認されています。
重要なのは、「どちらが優れているか」ではなく、
どの状況でどの電源が優位になるかです。
出典:The Science and Translation of Lactate Shuttle Theory
Brain metabolism during fasting
代謝は “状況依存” で切り替わる

私たちの代謝は固定的ではありません。
影響する主な因子
たとえば階段の登り降りでは、
一方、朝の空腹状態では、
どちらも生理的な反応です。
ハイブリッド発電としての脳
ここで重要な視点があります。
脳は単一燃料エンジンではありません。
むしろハイブリッド発電システムに近い。
運動中、乳酸の取り込みが増加することは
ヒト脳PET研究でも確認されています。
この「同時利用・状況選択」こそが本質です。
つまり ―
出典:Blood lactate is an important energy source for the human brain
階段の登り降りという具体的な運動の中で、
乳酸がどのように “瞬発電源” として立ち上がるのかを見ていきましょう。
「苦しいのに冴える」あの感覚の、生理学的背景に入ります。
乳酸:階段の登り降りで立ち上がる “瞬発電源”

心拍上昇と解糖系の加速
階段の登り降りを始めると、まず起こるのは心拍数の上昇です。
とくにやや息が弾む程度(中強度以上)になると、筋肉ではエネルギー需要が急増します。
このとき優先的に使われるのが「解糖系」です。
重要なのは、乳酸は「酸素不足の産物」ではないという点です。
近年は「代謝フラックス(処理速度)の問題」と理解されています。
つまり階段の登り降りとは、
乳酸を産生しやすい状態を意図せず、自然に作る運動なのです。
出典: The Science and Translation of Lactate Shuttle Theory
乳酸は脳へ運ばれる
かつて乳酸は「疲労物質」と誤解されていました。
しかし現在では、乳酸は全身を循環するエネルギー基質であることが知られています。
血中乳酸が上昇すると、
という流れが起こります。
ヒト研究では、運動時に脳が乳酸を積極的に取り込むことが示されています。
ここで重要なのは、
乳酸は「余りもの」ではなく、
需要に応じて利用される燃料であるという事実です。
出典:Blood lactate is an important energy source for the human brain
なぜ「苦しいのに冴える」のか
階段の登り降りで息が上がるとき、
前頭葉の血流はむしろ増加します。
この状態は、いわば脳のターボモード。
瞬間的な判断力や注意力が高まるのは、
カフェインのような刺激ではなく、代謝的な即応エネルギー補給によるものです。
実際、急性運動が実行機能を向上させることは多数報告されています。
つまり階段運動で感じる、
「きついのに、頭はクリア」
という体感は、偶然ではありません。
それは ―
乳酸という瞬発電源が脳を直接支えている状態なのです。
では次に、
朝の空腹時に感じる “静かな冴え” はどうでしょうか。
そこでは、より穏やかで持続的な電源が働いています。
出典:The effects of acute exercise on cognitive performance: a meta-analysis
ケトン体:空腹時に働く “持続安定電源”

なぜ朝の空腹時は「静かに冴える」のか
朝、まだ何も食べていないのに、頭がすっと澄む感覚。
階段の後の “ターボ的な冴え” とは違い、どこか落ち着いた集中。
この背景で働いているのがケトン体です。
ケトン体はどう作られるか
夜間の絶食状態では、
このβヒドロキシ酪酸(BHB)が、脳の重要なエネルギー源になります。
長期絶食では、脳エネルギーの50%以上をケトン体が担うことが示されています。
出典:Brain metabolism during fasting
血糖が安定するという意味
ケトン体利用が増えると、
その結果、
急な眠気や集中切れが起きにくい状態になります。
これは「覚醒が強い」というより、
エネルギーの揺らぎが少ない状態と言ったほうが正確です。
出典: Fuel metabolism in starvation
ケトン体は “神経保護的” でもある
近年の研究では、ケトン体は単なる燃料ではなく、
といった作用も示唆されています。
つまりケトン体は、
静かに、しかし安定的に脳を支えるベース電源なのです。
出典:β-Hydroxybutyrate: A Signaling Metabolite
乳酸とケトン体の違いを整理:脳が選ぶエネルギーの使い分け
| 乳酸 | ケトン体 |
|---|---|
| 運動中に上昇 | 絶食時に上昇 |
| 即応・瞬発型 | 持続・安定型 |
| 心拍上昇がスイッチ | インスリン低下がスイッチ |
| ターボモード | ベースモード |
どちらも正しい。
どちらも必要。
脳は常に「最適な電源」を選んでいます。
そして、ここで Persistent-Wins 的に重要なのは ―
階段の登り降り×朝活という組み合わせは、
この二つの電源を “同時に走らせる条件” になっているという点です。
この「二層電源の並列運転」を解き明かします。
階段の登り降り×朝活で “二層電源” が同時稼働する


ここまで整理してきたように、
です。
では、朝の空腹状態で階段の登り降りを行うとどうなるのか。
そこでは、代謝的に非常に興味深い状態が起こっています。
背景ではケトン体がすでに稼働している
朝は、軽い絶食状態です。
つまり、持続電源(ケトン体)はすでにオンライン状態です。
階段で乳酸が “追加点火” する
階段の登り降りを始めると、
が起こります。
つまり、
ベース電源が稼働しているところに、ブースター電源が加わる。
これが「冴え続ける」感覚の構造です。
並列運転という視点
ここで大切なのは、
という点です。
実際、脳は
を状況に応じて同時利用します。
つまり朝の階段習慣は、
という小型ハイブリッド発電所の状態を作っているのです。
出典:Brain lactate metabolism: the discoveries and the controversies
なぜ「冴えが持続する」のか

階段の登り降り開始直後は乳酸による瞬発的な覚醒。
その後はケトン体がベースとして支える。
だから、
という二段階の冴えが起こる。
これは刺激ではなく、
代謝設計による覚醒です。
習慣としての再現性
ここが Persistent-Wins 的に重要です。
特別なサプリも、極端な糖質制限もいりません。
これだけで、二層電源は起動します。
だからこそ、
脳は賢く電源を選んでいる
階段の登り降りはその両方を自然に動かします。
それは意思の強さではなく、
代謝の構造です。
だからこそ、今の階段登り降り習慣は理にかなっている。
特別なことをしなくても、
身体はすでにハイブリッドなのです。
まとめ:だからこそ、階段の登り降りは “ちょうどいい”

ここまで読んでくださった方は、こう思うかもしれません。
「理屈はわかった。
でも、どれくらいやればいいのか?」
結論から言えば ―
階段の登り降りは、代謝スイッチを押す “きっかけ” になれば十分です。
強度はどれくらいでいいのか
目安は、
いわゆる中強度(moderate intensity)です。
このレベルで、筋肉内の解糖系は十分に刺激され、乳酸は適度に上昇します。
重要なのは「追い込むこと」ではありません。
スイッチが入る強度で止めること。
出典:Lactate as a fulcrum of metabolism
何分やればいいのか
急性運動による認知機能向上は、短時間でも起こることが示されています。
2〜5分程度の階段でも、
「長時間やらなければ意味がない」というわけではありません。
毎朝のエレベーターを階段に変えるだけで、
代謝は確実に動きます。
出典:The effects of acute exercise on cognitive performance: a meta-analysis
極端な糖質制限は必要か?
今回のテーマから導かれる答えは明確です。
不要です。
なぜなら脳は、
を状況に応じて使い分けるからです。
これを代謝柔軟性(metabolic flexibility)と呼びます。
重要なのは、
単一燃料に固定しないこと。
階段の登り降りは、この柔軟性を保つ刺激になります。
出典:Metabolic Flexibility in Health and Disease
習慣は “複利” で効いてくる
1回の階段で劇的に変わるわけではありません。
しかし、
これらが積み重なる。
これが Persistent-Wins の思想です。
だからこそ、派手さはいらない。
階段の登り降りは、
という意味で、“ちょうどいい”。
階段の登り降りは、脳の電源スイッチになる
それは意志の問題ではなく、
代謝の設計図です。
あなたの身体はすでにハイブリッド。
階段の登り降りは、その電源スイッチを自然に押す行為。
だからこそ ―
むしろ、続けるほど理にかなっていきます。
おことわり
本記事では、乳酸やケトン体の研究知見をもとに、階段の登り降りと脳のエネルギー利用の関係を解説しました。
ただし、脳のエネルギー代謝は非常に複雑であり、個人差や健康状態によって反応は異なります。
紹介した研究の多くは急性運動や絶食条件下でのデータであり、日常生活での効果を直接保証するものではありません。
持病のある方、低血糖を起こしやすい方、極端な食事制限を行っている方は、無理のない範囲で実践してください。
本記事は医療行為や治療を目的とするものではなく、一般的な健康情報の提供を目的としています。
本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。
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