登りで上げる、下りで整える? 階段運動と呼吸法の最適解
階段の登り降りは手軽に取り入れられる有酸素運動であり、高いカロリー消費によるダイエット効果や心肺機能の向上が期待できます。実際、階段を一段ずつ昇る場合のエネルギー消費量は約10.2 kcal/分と報告されており、短時間でも効率的に脂肪を燃焼できる運動です。また、下肢の大きな筋群を総動員するため筋力アップにもつながり、階段の登り降りの効果は持久力と筋力の両面に及びます。
階段の登り降り運動では、登りでは心拍数が上がり、下りでは下がるのが自然です。近頃、階段の登り降り中に心拍数が上がり続けず、中盤で下がる現象を自覚することが多くなりました(当サイトの「運動の記録」カテゴリをご参照ください https://persistent-wins.com/category/record/)。運動開始直後は比較的スムーズに心拍数が上昇するものの、ある程度の時間が経過すると予想よりも心拍数が低下するケースが増えています。その時は運動が運動がつらい感じはなく、むしろすっきりリフレッシュした感じ、まだまだ運動が続けられるぞという体感です。これは単なる疲労の影響なのか、それとも別の要因が関与しているのかが気になり、詳細に分析する必要があると感じました。
なぜだろうと調べてみた結果、階段の登り降りに際に取り入れてきた呼吸法の違い(登りでの鼻呼吸、下りでのロングブレス)によって生じると考えられるようです。この記事では、この現象の理由、階段登り降り運動の効果をより高める方法を解説します。
特に、呼吸法による自律神経の変化が運動中の心拍数や持久力にどのような影響を与えるのかを詳しく掘り下げます。また、実際のトレーニングに取り入れる際のポイントや、効果的な呼吸リズムについても紹介していきます。
いつもの階段が、ただの移動手段から最高のトレーニング空間に変わるかもしれません。呼吸を意識して、もっと効率的にステップアップしてみませんか?
呼吸機能と心拍数の基本的な関係

呼吸が心拍数を左右する? 自律神経の働きと運動時の変化
階段の登り降りなどの有酸素運動時、身体は酸素必要量の増加に合わせて心拍数を調整します。運動開始直後は副交感神経が抑制されることにより心拍数が上昇し、運動強度が上がるにつれ交感神経の働きが強まって、心拍数をさらに押し上げます。つまり心拍数は自律神経による調整を受け、心肺機能と連動し、筋肉への酸素供給量を調節しています。
心拍数と酸素供給の関係:運動効率を決めるカギとは?
有酸素運動では一定強度であれば数分で酸素の供給が需要に追いつき、心拍と呼吸が一定の状態(ステディ・ステート)に落ち着きます。
一方、運動強度が高すぎて酸素供給が追いつかない場合は心拍数が上がり続け、やがて最大酸素摂取量(VO2max)に達してしまいます。したがって運動効率を上げ、最大化を目出すためには、適切な呼吸と心拍コントロールによって酸素の需給バランスを安定させることが重要です。
登りは鼻呼吸、下りはロングブレス:呼吸法の違いが心拍に与える影響
呼吸法も心拍数に影響を与えます。例えば鼻呼吸は吸気時に一酸化窒素の放出を促し、肺の血管を拡張してガス交換を効率化します。その結果、筋肉に十分な酸素を送り込めるため呼吸数や心拍数の過度な上昇を防ぐ効果があります。実際、ある研究ではランニング中に鼻呼吸を行った群は口呼吸群より呼吸回数が少なく(一分間あたり39.2回 vs 49.4回)、吐く息中の酸素量も減少しました。鼻呼吸によってより多くの酸素が血中に取り込まれ、余分な換気が抑えられたことを示しています。鼻呼吸は副交感神経も刺激しやすく、運動中の心拍数急上昇を緩和する助けにもなります。
他方、口呼吸は気道を大きく使えるため高強度運動時には有利ですが、浅い呼吸になりがちなため横隔膜を使った深い呼吸を意識する必要があります。そしてロングブレス(長い呼気)は副交感神経を活性化して心拍数を下げる効果があり、息を吸う時に一時的に心拍が上がり、吐く時に下がるという呼吸性徐脈という現象が起きます。ゆっくり長く息を吐く呼吸法は迷走神経を刺激し、心拍変動を高めることでリラックス効果をもたらすことも知られています。
呼吸パターンの違いが心拍調整に与える影響は大きく、階段の登り降りにおいても意図的に呼吸を使い分けることで心拍数のコントロールが可能になります。

出典:Pathophysiology of Exercise Heart Rate Recovery: A Comprehensive Analysis
Why Does Heart Rate Increase During Exercise and How It Affects Cycling Performance
ランニング中の呼吸法
5 Benefits of “Nasal Only” Breathing for Exercise Performance
Longer Exhalations Are an Easy Way to Hack Your Vagus Nerve
階段運動中の心拍数の変化メカニズム

階段を登ると心拍数が急上昇する理由:負荷とエネルギー消費の関係
階段を登る動作は自重を垂直方向に持ち上げる高負荷の運動であり、心拍数も急激に上昇します。平地歩行に比べエネルギー消費が格段に大きいため、短時間で心拍数が有酸素運動域の上限近く(時に最大心拍数の70~90%)に達するケースも報告されています。登り始めの数十秒間は酸素供給が間に合わず酸素負債の状態となるため、心拍も呼吸も追いつかず息が切れる感覚があります。実際、短い階段を全力で駆け上がった直後に「ゼーゼー」と呼吸が乱れるのは、筋肉のエネルギー需要を満たすため一時的に無酸素代謝が働き、その代償として運動後半に急激に呼吸数・心拍数が増加するためです。
中盤で心拍数が下がるのはなぜ?「セカンドウィンド」現象の正体
しかし階段を何度も登り降りするような継続運動では、中盤以降に呼吸が整い始め “セカンドウィンド” と呼ばれる楽になる感覚を得ることがあります。これは運動の持続によって筋細胞のミトコンドリアが活性化し、乳酸など代謝産物の処理が追いついてエネルギー供給が主に有酸素系に切り替わるためです。
酸素摂取が充分に行われるようになると交感神経優位だった状態が緩和され、必要以上に高かった心拍数が中盤で下がる傾向が現れます。言い換えれば、酸素供給の改善と筋肉の代謝適応によって心拍数の一時的な上昇が是正され、運動強度の割に心拍が落ち着いてくるのです。
階段の下りで心拍が落ち着く理由:ロングブレスと副交感神経の働き
階段の下りに移ると運動強度が一段と低下し、それまで高まっていた交感神経の働きが収まり始めます。同時に、下りでは息を整える余裕が生まれるためロングブレス法(ゆっくり息を吐く呼吸)を取り入れる好機です。長い呼気は先述の通り迷走神経を刺激し心拍数を落ち着かせる効果があるため、下り坂で意識的に行うことで上がりすぎた心拍を効果的に抑制できます。実際、激しい運動の直後に心拍数が速やかに低下し始めるのは、副交感神経が再活性化するためだとされています。
階段を降りる動作そのものは大腿四頭筋などにブレーキをかけるエキセントリック収縮が主であり、登りに比べ心拍への負担は小さい運動です。この積極的休息の局面で、ロングブレスにより副交感神経優位に切り替えることで、心拍数は中盤以降に下がりやすくなります。
まとめると、階段の登り降り中に見られる心拍数低下の現象は、登りで蓄積した酸素負債を中盤で解消し有酸素代謝へ移行すること、そして下りで運動強度を下げつつ呼吸法で副交感神経を働かせることによって説明できます。

出典:Why Does Heart Rate Increase During Exercise and How It Affects Cycling Performance
Longer Exhalations Are an Easy Way to Hack Your Vagus Nerve
Pathophysiology of Exercise Heart Rate Recovery: A Comprehensive Analysis
The relaxation effect of prolonged expiratory breathing
心拍数の変化をトレーニングに活かす方法

「登りで追い込み、下りで整える」心拍コントロールトレーニングの基本
前述した心拍変化のメカニズムを理解すれば、階段登り降り運動の質をさらに高めることができます。ポイントは心拍コントロールを意識したインターバルトレーニングに階段の登り降りを応用することです。具体的には、階段を登って心拍数を意図的に上げ(例:最大心拍数の80%前後まで上昇)、降りながら呼吸を整えて心拍数を下げる(例:60%程度まで回復)というサイクルを繰り返します。登りでしっかり追い込み、下りで適度に回復するインターバル運動は持久力向上に非常に効果的であり、実際に短時間の階段の登り降りを1日数回取り入れるだけでも有意な心肺持久力の向上が報告されています。ある研究では、8週間の階段昇降トレーニングによって最大酸素摂取量(VO2max)が17.1%向上したとされています。
呼吸のリズムを整えれば持久力UP! 最適な呼吸法とは?
実践にあたっては、呼吸のリズムと回数の最適化も重要です。心拍数を効果的にコントロールするため、登りでは酸素をしっかり取り込める鼻呼吸と横隔膜を使った深い呼吸を基本に、一定のリズムでステップを刻みます。例えば、「4歩で吐いて2歩で吸う」サイクルで階段を登る方法は有効なテクニックの一つです。
実際の手順として、まず階段を上り始める前に鼻から息を吸い、登りながら「1、2、3、4」と数えてゆっくり息を吐き切ります。続いて「1、2」と数える間に軽く吸い直して呼吸を整えます。このリズムを繰り返すことで登りの動作中も酸素摂取が安定し、心拍の急激な上昇を抑えることができます。下りにおいては長めの吐く息を維持すると良いようです。
さらに、階段登り降り運動中にパースリップ呼吸(口をすぼめてゆっくり吐く呼吸法)を取り入れるのもおすすめです。これは息切れを防ぎつつ酸素化を促進する呼吸法で、特に階段昇降などでは呼吸困難感を和らげ運動の継続を助けるとされています。
最大酸素摂取量(VO2max)向上を狙う! 心拍管理の重要性
VO₂max(最大酸素摂取量)を高めるには、心拍数を適切にコントロールし、運動中の酸素供給効率を最大化することが重要です。中〜高強度の階段登りで心拍数を一時的に最大心拍数の80〜90%まで上げ、その後、下りで適切に心拍を整えることで、心肺機能の適応を促し、持久力の向上につながります。このように心拍数の波を意図的に作ることで、酸素利用能力が向上し、結果的にVO₂maxの向上が期待できます。
まとめると、階段の登り降り運動は工夫次第で高強度インターバルトレーニング(HIIT)のような効果を得ることができ、効率的なVO2max向上や運動効率改善を狙うことができます。
呼吸法と心拍管理を組み合わせたトレーニングを行えば、安全に負荷をコントロールしながら持久力強化が図れます。

出典:Training effects of short bouts of stair climbing on cardiorespiratory fitness, blood lipids, and homocysteine in sedentary young women
効果的な呼吸方法> 【実践編】階段を上るとき
10 Breathing Exercises to Try When You’re Feeling Stressed
階段昇降が最高の運動?
まとめ:呼吸と心拍を制する者が、階段トレーニングを極める!


階段の登り降りは、呼吸機能を鍛え心肺持久力を向上させる上で非常に有効な方法です。登り降りの中盤で心拍数が一時的に低下する現象は、体内の酸素収支や自律神経の働きによる合理的な反応であり、これを知っておくことでトレーニングの質を高めることができます。
呼吸法を工夫して心拍数の変化をコントロールできれば、無理なくインターバル的な運動効果が得られ、疲労の蓄積を抑えつつ運動パフォーマンスを向上させることが可能です。
階段の登り降りトレーニングで得た呼吸制御能力と心拍持久性は他のスポーツや日常活動にも活きてきます。最終的に、「心拍をコントロールできれば運動効果が最大化する」と言えるでしょう。階段という身近な、素晴らしい運動の場を活用し、ぜひ前向きに持久力アップと健康増進に取り組んでみてください!
おことわり
本記事は筆者個人の健康診断結果と経験に基づくものです。記載内容は一般的な医療アドバイスではなく、読者の皆様の健康状態については必ず医療専門家にご相談ください。また、本記事の情報は執筆時点のものであり、最新の医学的知見とは異なる可能性があります。