不安が減ると、人生は軽くなる:階段の登り降りと資産形成が教えてくれた幸せの正体

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「お金で幸せは買えない」。

よく聞く言葉です。

たしかにそうだと頷く一方で、
最近、こんな言葉を耳にしました。

幸せとは、不安が少ない状態のこと。

幸せは何かを手に入れた瞬間ではなく、
不安の少ない日常そのものにある、
という考え方です。

この言葉を聞いたとき、
自分の生活を振り返って、
思い当たることがいくつもありました。

階段の登り降りという運動習慣と、
細々と続けてきた資産形成。

まったく別物に見える2つの積み重ねが、
実は同じ場所に向かっていたのかもしれない。

今日は、そんな話です。

目次

不安の多い人生は、常に思考が揺れる

不安が多い状態の影響を整理した図。お金・健康・将来の3つの不安が、焦った判断・狭い視野・短期的な行動につながる流れを示す

幸せになるには、何かを足す必要がある。

収入、
地位、
モノ、
特別な体験。

私も長いあいだ、そう思っていました。

けれど40代も後半に入って感じるのは、

足し算の前に、
引かなければならないものがある、

ということです。

それが不安です。

お金の不安。
健康の不安。
将来の不安。

種類は違っても、不安には共通点があります。
頭の中で、鳴りやまないことです。

不安が多いとき、思考は常に揺れています。
判断は焦りがちになり、
視野は狭くなり、
行動はどうしても短期的になる。

たとえば、疲れているのに休む判断ができない。
本当は必要のないものを、
不安をなだめるために買ってしまう。

不安は、選択の質を静かに削っていきます。

目の前のことに集中しているつもりでも、
頭の片隅で不安が低く唸り続けている。

あの状態は、確実に人生を重くします。

逆に言えば、不安を減らすことは、
それだけで人生を軽くする。

私がそれを実感したのは、
2つの地味な積み重ねを通してでした。

階段の登り降りがくれた「身体の安心」

朝の柔らかな光の中、階段を静かに登り降りする人物のイメージ

1つ目は、階段の登り降りです。
この習慣は、もう11年続いています。

朝、人のいない階段を、
心拍 140 bpm あたりを目安に登り降りする。

身体が温まってくると、
動きがひとつの流れになる瞬間があります。

脚の運び、
呼吸、
心拍。

その3つだけの世界に没入していると、
昨日から続いていた考えごとが、
いつの間にか消えている。

スポーツの世界で “フロー” と
呼ばれる状態に近いのかもしれません。

うまく登れているかどうかではなく、
ただ動けていることが心地いい。

運動というより、
朝の整えに近い時間です。

朝のうちに身体を動かし切ってしまうと、
その日1日が、妙に静かに始まります。

この習慣がくれたのは、体力や体型よりも、
“今日も動ける身体がある” という
静かな安心だったと思います。

健康の不安が消えたわけではありません。
健診の数値は毎年気になりますし、
身体は年齢を正直に映します。

それでも、毎朝動けているという事実は、
不安に対する担保のように働いてくれます。

何かあっても、この脚から立て直せる。

そう思えるだけで、日常の底が抜けなくなる。

資産形成は、幸せを買わない。不安を減らす

資産形成を「不安を減らす装置」として捉え直す図。貯金・積立投資・固定費見直しの3つが、生活の安定と選択肢の広がりにつながることを示す

2つ目の積み重ねが、資産形成です。

といっても、特別なことはしていません。

貯金と、
積立の投資と、
固定費の見直し。

誰でも知っている、地味な3点セットです。

固定費を見直したときも、
目に見える変化は何も起きませんでした。

ただ、毎月 “守らなければならない金額” が
少し下がっただけです。

けれどその分だけ、
家計が呼吸しやすくなったのを覚えています。

正直に言えば、
資産が少し増えたところで、
幸福感はほとんど変わりません。

口座の数字が増えた日も、
夕食のメニューはいつもと同じです。

けれど、あるとき気づきました。

資産形成は幸せを買う装置ではなく、
不安を減らす装置なのだと。

急な出費があっても、生活は揺らがない。
先の選択肢が、少しずつ増えていく。

“どうにもならない未来” が、
“どうにかできそうな未来” に変わっていく。

買っているのは喜びではなく、安心。

そう捉え直してから、
派手さのない積立の1回1回に、
はっきりと意味を感じるようになりました。

投資がなぜ必要なのかについては、
両学長の “投資が必要な理由” を、階段の登り降りで考える
という記事でも書いています。

合わせて読みたい

不安が減ると、人生は軽くなる

夜明けの丘から広い景色を眺める人物。不安が減って視野が広がった軽やかさのイメージ

身体の安心と、
家計の安心。

この2つが少しずつ積み上がってきて、
はっきり感じている変化があります。

判断が、焦らなくなりました。

何かを決めるとき、
追い詰められて選ぶことが減り、
落ち着いて選べることが増えたのです。

不安は視野を狭くしますが、
安心は視野を広げてくれます。

季節の変わり目の空に気づく。
家族との何気ない会話が楽しい。
新しいことを始めてみようかと思える。

どれも小さなことですが、
不安で頭がいっぱいだった頃には、
視界に入ってこなかったものばかりです。

人生が軽くなるというのは、
持ち物が減ることではなく、
頭の中で鳴り続ける不安の音量が
下がることなのだと思います。

いま、私の手元にあるのは、

階段と、
積立と、
このブログです。

どれも1日単位では何も変わらない、
静かな積み重ねです。

けれどこの3つは、
それぞれ別の場所で不安を減らしてくれています。

身体の不安と、
お金の不安と、
“自分には何も残らない” という不安を。

ブログは、収入という意味では
まだほとんど何も生んでいません。

それでも、書いたものが残っていくことは、
“この年月は何だったのか” という問いへの、
私なりの答えになりつつあります。

身体の資産とお金の資産の関係については、
現場で90代の先輩を見て気づいた、階段の登り降りと二つの複利
という記事にも書いています。

合わせて読みたい

まとめ:幸せは、不安の少ない日常に宿る

夕暮れの静かな部屋と窓辺のお茶。不安の少ない穏やかな日常のイメージ

幸せとは、不安が少ない状態のこと。

この定義がすべてだとは思いません。

大きな喜びも、人生には確かにあります。

それでも40代の実感として、
この言葉はかなり本質に近いと感じています。

大きな喜びは、待つことしかできません。

けれど不安を減らすことは、
今日の階段の1段から、
今月の積立の1回から始められます。

不安はゼロにはなりません。
生きている限り、新しい不安はやってきます。

けれど、減らし方を1つでも知っていることと、
知らないでいることのあいだには、
静かで大きな差があると感じています。

幸せを探しに行くのではなく、
不安を1つずつ減らしていく。

そうして残った静かな日常こそが、
幸せの正体なのかもしれません。


日々の小さな記録は、noteのマガジンにも静かに綴っています。

ひのとみのいしころ|静かに熱い40代の記録

おことわり

本記事は情報提供を目的としており、特定の効果・効能を保証するものではありません。


健康に関するご判断は、必ず医師・専門家にご相談ください。

資産形成に関する記述は筆者個人の体験であり、特定の金融商品や投資手法を推奨するものではありません。

投資のご判断はご自身の責任でお願いいたします。

本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。

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