「まだいける」でも、「無理した」でもない瞬間は、どこから来るのか
階段を登り始めた直後は、脚が重く、呼吸も浅くなりがちです。
「しまった、少し急ぎすぎたかもしれない」
そんな感覚がよぎることは、決して珍しくありません。
ところが、数分もしないうちに状況が変わります。
心拍は落ち着き、呼吸は自然に整い、脚も淡々と動き始めます。
ペースが上がったわけではないのに、明らかに楽になります。
不思議なのは、この瞬間です。
疲れ切ったわけでもありません。
気合や根性で乗り切った感覚とも違います。
むしろ、「無理をしていない状態」に近いと感じる人も多いはずです。
多くの場合、この変化は次のように説明されます。
「体が慣れたのだろう」
「ウォーミングアップが終わっただけだ」
しかし、身体の中ではもう少しはっきりとした変化が起きています。
しかもそれは、
グリコーゲンが切れたからでも、
限界を超えたからでもありません。
実際には、糖が尽きるよりもずっと前、
苦しさが消えるよりも少し前から、
身体は静かにエネルギーの使い方を変え始めています。
その変化は劇的ではありません。
スイッチが切り替わるような音が鳴るわけでもありません。
ただ、気づいたときには負担が減り、
いつの間にか巡航状態に入っています。
この「途中から楽になる」感覚の正体を追っていくと、
そこにはケトン体代謝が忍び足で始まる瞬間が見えてきます。
本稿では、
階段の登り降りという日常的な動作を手がかりに、
ケトン体代謝はいつ、どの瞬間から始まっているのかを整理していきます。
よくある誤解:「グリコーゲンが切れたらケトン体が始まる?」

ケトン体代謝について語られるとき、最もよく聞く説明があります。
「グリコーゲンが枯渇したら、ケトン体が使われ始める」というものです。
この説明は、半分は正しく、半分は誤解を含んでいます。
確かに、長時間の絶食や極端な糖質制限では、
血中ケトン体濃度は大きく上昇します。
そのため「ケトン体=非常用」「糖が切れた後」というイメージが
強く残ってしまいました。
しかし実際の体内では、
エネルギー利用はそこまで単純ではありません。
一般に信じられている「切り替えモデル」
多くの解説は、次のような図式で語られます。
このモデルは、「極端な状況」を説明するには便利です。
たとえば、数日間の断食や、超低糖質食の文脈では
一定の妥当性があります。
しかし、階段の登り降りや、朝の軽い運動のような
日常的な負荷を説明するには、当てはまりません。
なぜなら、グリコーゲンは
「ゼロになってから次の燃料に切り替わる」
という使われ方をしていないからです。
実際の生理学は「併用」が前提
運動生理学の分野では、
エネルギー基質は常に複数が同時に使われていることが
古くから知られています。
たとえば、運動強度やホルモン状態によって
- 炭水化物
- 脂肪酸
の使用比率が連続的に変化することが示されています。
ケトン体についても同様で、
「完全に糖がなくなってから登場する燃料」ではありません。
実際、絶食初期の段階からすでに血中ケトン体が上昇し、
脳や筋で利用され始めていることが示されています。
重要なのは、
数値が大きく上がる前から、利用は始まっている
という点です。
出典:Six sessions of sprint interval training increases muscle oxidative potential and cycle endurance capacity in humans
Fuel metabolism in starvation
Brain Metabolism during Fasting
なぜこの誤解が広まったのか
この誤解が根強い理由の一つは、
「測定できるもの」だけが語られてきたからです。
尿ケトンや血中ケトン濃度は、
ある程度の量が出てこないと検出されません。
その結果、
「検出された=始まった」
という認識が定着してしまいました。
しかし身体の中では、
検出限界以下のレベルで代謝が進んでいることは珍しくありません。
特に脳や心筋のような組織は、
少量のケトン体にも敏感に反応します。
出典:Brain metabolism during fasting
「途中から楽になる」感覚とのズレ
階段登り降りの途中で楽になる現象を、
「グリコーゲン枯渇モデル」で説明しようとすると、
どうしても無理が生じます。
このズレこそが、
「切れたら始まる」という理解が
日常の体感と噛み合わない理由です。
では実際には、何が起きているのか。
ケトン体代謝がスイッチではなくフェードインで始まる
という視点から整理していきます。
実際は「フェードイン」で始まる:エネルギーは同時に使われ、比率が変わる

ケトン体代謝を理解するうえで、
最も重要な視点は「切り替わり」ではなく重なり合いです。
身体は、ある燃料を完全に使い切ってから
次の燃料に移行するような設計にはなっていません。
実際には、複数のエネルギー源を同時に使いながら、
その比率を連続的に変化させています。
これは糖と脂肪だけでなく、
ケトン体についても同じです。
体は常に「併用」を前提にしている
運動中のエネルギー代謝は、
古くから「クロスオーバー」という概念で説明されてきました。
運動強度やホルモン環境によって、
糖質依存が強くなったり、脂肪利用が増えたりします
重要なのは、
どちらか一方だけになる瞬間はほとんどない
という点です。
ケトン体も同様で、
血中濃度が目立って上昇する前から、
すでに少量が産生・利用されています。
肝臓は、脂肪酸が流入すれば、
その一部を自然にケトン体へ変換します。
これは非常事態のスイッチではなく、
ごく日常的な代謝反応です。
出典:Balance of carbohydrate and lipid utilization during exercise: the “crossover” concept
Regulation of endogenous fat and carbohydrate metabolism in relation to exercise intensity and duration
Fuel metabolism in starvation
階段の登り降りで起きている「比率の変化」
では、階段の登り降りという場面で、
身体の中では何が起きているのでしょうか。
登り始めの直後は、
交感神経が優位になり、
血糖と筋グリコーゲンへの依存度が高まります。
心拍が上がり、呼吸が浅くなるのはこのためです。
しかし、この状態は長く続きません。
数分が経過すると、
ストレスホルモンの急激な分泌は落ち着き、
脂肪酸の動員が進みます。
それに伴い、肝臓ではケトン体の産生も
静かに増え始めます。
この時点で起きているのは、
「糖が枯渇した」からではありません。
という変化です。
この比率の変化こそが、
途中から身体が楽になる正体です。
「楽になる」は主役交代ではない
ここで誤解しやすいのは、
「ケトン体が主役になったから楽になる」
という理解です。
実際には、
糖が完全に引っ込んだわけでも、
ケトン体が全面に出てきたわけでもありません。
この分担の最適化によって、
ホルモン的な無理が減り、
結果として体感が軽くなります。
別の記事で触れた
「生存モードから持続モードへの移行」とは、
まさにこの状態を指しています。

生き延びるために
糖とストレスホルモンを前面に出していた状態から、
長く続けるための配分へと移る。
それが、階段登り降りの途中で起きていることです。
フェードインは気づかれない
ケトン体代謝が
「忍び足」と表現される理由はここにあります。
しかし体感は、正直です。
呼吸が整い、思考が落ち着き、
「このまま続けられる」と感じる。
このフェードインが朝の運動で特に感じやすい理由を、
代謝の初期条件という視点から見ていきます。
朝の階段で切り替わりを感じやすい理由:初期条件としての代謝

同じ階段を登り降りしているだけなのに、
朝のほうが切り替わりを早く感じる。
こうした体感を持つ人は少なくありません。
これは気合や生活意識の問題ではなく、
朝という時間帯が持つ代謝の初期条件によるものです。
夜のあいだに身体で起きていること
私たちは眠っているあいだも、
エネルギーを使い続けています。
特に重要なのが、肝臓に蓄えられたグリコーゲンです。
肝グリコーゲンは、
夜間に血糖を維持するために徐々に消費されます。
その結果、朝起きた時点では、
前日の食後と比べて肝グリコーゲン量は減少しています。
この現象は古くから知られており、
夜間絶食による肝グリコーゲン低下は
多くの生理学的研究で確認されています。
重要なのは、
これは「枯渇」ではなく、
依存度が下がった状態だという点です。
出典: Liver glycogen content in man in the postabsorptive state
朝はインスリンが低い状態から始まる
もう一つの大きな要因が、インスリンです。
朝は、前日の食事から時間が空いているため、
インスリン分泌が低い状態から一日が始まります。
インスリンが低いということは、
脂肪動員が起こりやすいということでもあります。
脂肪酸が血中に出やすくなれば、
肝臓では自然にケトン体産生が進みます。
これは特別な代謝モードではなく、
ごく自然な流れです。
つまり朝は、
という状態から、
階段を登り始めていることになります。
出典:Regulation of hepatic fatty acid oxidation and ketone body production
同じ階段でも反応が早い理由
この初期条件の違いによって、
朝の階段登り降りでは「フェードイン」が早く起こります。
登り始めは多少きつく感じても、
数分後には呼吸が整い、
脚が淡々と動き始める。
それは、
糖を守るためにストレスホルモンを大量に動員する
必要がないからです。
すでに脂肪とケトンが
エネルギーの選択肢として開いているため、
体は無理をせずに
巡航に入る準備ができているのです。
朝活が効く理由を誤解しない
ここで注意したいのは、
「朝が偉い」「夜はダメ」という話ではないことです。
朝の階段登り降りが楽に感じられるのは、
意志の強さや習慣の美徳ではなく、
代謝のスタート地点が違うからです。
逆に言えば、
夜でも同じ条件を整えれば、
似た切り替わりは起こります。
こうした条件がそろえば、
身体は時間帯に関係なく
フェードインを始めます。
この状態を「軽いケトーシス」と呼ぶとき、
何が起きていて、何が起きていないのかを整理します。
数値よりも体感が先に変わる理由を、
もう一段深く見ていきます。
軽いケトーシスという「状態」:数値より先に体感が変わる理由

「ケトーシス」という言葉には、
今でもどこか極端な印象がつきまといます。
そうしたイメージを持っている人も多いかもしれません。
しかし、ここまで見てきたように、
階段の登り降りで起きているのは、
そうした極端な話ではありません。
ここで扱っているのは、
「軽いケトーシス」とでも呼ぶべき状態です。
ケトーシスは一段階ではない
生理学的には、
ケトン体の産生や利用は
「ある・ない」の二値では起きません。
絶食初期の研究では、
血中ケトン体濃度がまだ低い段階から、
脳や筋での利用が始まっていることが示されています。
つまり、
検査で「ケトーシス」と判定される前にも、
身体はすでにケトン体を
エネルギーの一部として組み込んでいるのです。
この段階では、
血中濃度は目立ちません。
尿にもほとんど出ません。
それでも代謝の中身は、確実に変わっています。
出典:Brain metabolism during fasting
なぜ数値では捉えにくいのか
理由は単純です。
身体はまず「必要な場所」でケトン体を使い、
余った分だけが血中に現れるからです。
特に脳は、
少量のケトン体に対して非常に反応が早い組織です。
ブドウ糖と比べて、
といった特性があり、
条件が整うと優先的に利用されます。
そのため、
数値が上がる前に、
まず体感が変わるという現象が起きます。
「冴え」は興奮ではない
この軽いケトーシス状態でよく語られるのが、
「頭が冴える」という感覚です。
ただし、それは
カフェインやアドレナリンによる
高揚感とは性質が異なります。
こうした静かな冴え方は、
交感神経が前に出ている状態では説明できません。
ケトン体は、
脳内のエネルギー供給を安定させ、
前頭前野の活動を支えます。
結果として、
興奮ではなく、落ち着いた集中が生まれます。
これは別の記事で扱った
「動的フロー」「没入体験」が
才能ではなく状態であることの、
代謝的な裏付けでもあります。

「軽い」からこそ日常で起きる
重要なのは、
この状態が特別な努力の結果ではない、
という点です。
こうした条件が重なるだけで、
身体はごく自然に
軽いケトーシスへと傾きます。
それは「限界を超えた」サインではありません。
無理をしなくても続けられる状態に入った
という合図です。
この一連の変化が、
なぜ階段の登り降りという動作で
特に起きやすいのかをまとめます。
点火、フェードイン、巡航という流れを、
日常動作として整理していきます。
まとめ:階段の登り降りで毎日起きていること − 点火 → フェードイン → 巡航

ここまで見てきたように、
階段の登り降りは、代謝の切り替えを観察するのに
非常に都合のいい動作です。
この条件がそろうことで、
身体の中では次のような流れが自然に起きます。
動き始めの数十秒から一分ほどは、
身体は即応性の高いエネルギーに頼ります。
心拍が上がり、呼吸が浅くなり、
一瞬だけ「きつさ」が前に出ます。
ストレスホルモンの前面化が落ち着き、
脂肪とケトン体が静かに混ざり始めます。
この段階では、
何かを我慢している感覚はありません。
ただ、負担が減り、動きが揃ってきます。
呼吸は整い、脚は淡々と動き、
頭の中も静かになります。
無理をしていないのに、
このまま続けられると感じる状態です。
重要なのは、
この一連の流れが
特別なイベントではないという点です。
ケトン体代謝は、
すでにその前から忍び足で始まっています。
階段登り降りの途中で楽になるのは、
サボりでも、根性が切れたわけでもありません。
生き延びるための配分から、
続けるための配分へと
身体が自ら最適化した結果です。
別記事で扱った
「生存モードから持続モードへの移行」。

さらに別記事で触れた
「興奮ではない、静かな冴え」。

それらはすべて、
この代謝の流れの上に成り立っています。
階段の登り降りは、
その縮図を日常の中で
何度も体験させてくれます。
もし最近、
常に急かされている感覚や、
力んだ集中ばかりが続いているなら、
一度、淡々と階段を登り降りしてみてください。
途中から楽になったその瞬間、
身体はもう、切り替わっています。
おことわり
本記事は、運動時や日常動作における体感を、生理学的な視点から整理することを目的としています。
特定の食事法や運動法を推奨したり、医療行為や治療の代替となることを意図したものではありません。
体の反応には個人差があり、年齢、体調、既往歴、生活習慣などによって感じ方は異なります。
体調に不安がある場合や、持病をお持ちの場合は、専門家にご相談ください。
本文で扱っている内容は、「こうすれば必ずこうなる」という処方ではなく、日常の中で起きている体の変化を理解するための視点です。
ご自身の体感と照らし合わせながら、参考としてお読みいただければ幸いです。
本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。
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