階段の登り降りを11年続けた私の、肝臓の数値20年:ALT 93 から 16 へ、痛くなかった頃の自分に書く手紙

夜の机に置かれた健診の紙と、奥に見える階段のイメージ
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2013 年 2 月の健診で、ALT は 93 でした。

基準の上限の、およそ 3 倍。

それでも、どこも痛くありませんでした。

痛くないから、何もしなかった。

そのまま数年が過ぎました。

2026 年の夏、同じ項目は 17。

あいだにある 20 年分の数字を、
今回はじめて 1 枚に並べてみました。

並べてみると、
私が思っていた「下がった」という話とは、
少し違う形をしていました。

ALT は、
2013 年の 93 から、
2026 年の 16 へ。

ただし 1 本の下り坂ではなく、
体重が戻った冬に何度も戻っていました。

落ちきったのは、
体重が 11 % 落ちた 2024 年の半年でした。

目次

痛くなかった数字

肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれます。

その意味を、私は数字の側から知りました。

手元の健診記録で ALT が 60 を超えたのは 2011 年。

そこから 2016 年まで、冬の健診では
61、73、93、75、85、60 と続きます。

体重は 77〜81 kg。
腹囲は 90 cm に迫っていました。

2018 年の健診では腹部の超音波で、
「脂肪肝(軽度〜中等度)」と記されています。

このときの画像と、その後の変化は
脂肪肝がほぼ消失|超音波画像あり に書きました。

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この 6 年間、身体からの合図は何もありませんでした。

だるさも、
痛みも、
食欲の変化も。

健診の紙を見て、こう思っていました。
「痛くないのだから、まだ大丈夫だろう」と。

医療の現場にいながら、
自分の紙だけは、そう読んでいました。

ALT は、何を知らせているのか

肝臓の細胞からALTが血液へ漏れ出す仕組みの図解

ALT は、肝臓の細胞の中にある酵素です。
細胞が傷むと外へ漏れ出し、
血液中の値が上がります。

似た項目の AST は心臓や筋肉にもありますが、
ALT はほとんどが肝臓にあります。

だから ALT が高いときは、
まず肝臓に何かある、と考えるのが検査の基本です。

脂肪肝では、肝臓の細胞に脂肪がたまり、
細胞が負担を受けて ALT が上がります。

痛みは出ません。
でも、酵素は漏れます。

沈黙の臓器が出している、ほとんど唯一の声。

それが、私が 6 年間見ていた 93 という数字でした。

私の記録では、AST も γ-GT(γ-GTP) も同じ形で動いています。

AST は、
2013 年の 50 から、
2026 年の 22 へ。

γ-GT は、
66 から 17 へ。

3 つとも、
同じ冬に上がり、
同じ夏に下がっていました。

出典:肝酵素 AST(GOT)、ALT(GPT)(日本臨床検査専門医会)

20年分を並べると、1本の下り坂ではなかった

以前、10年間の記録 という記事で、
ALT を 85 から 19 へ、と書きました。

その数字は正しいのですが、
始点と終点の 2 点を線で結んだだけでした。

この数字は、今年になって病院に頼み、
20 年分の記録として出してもらったものです。

紙の健診票を引き出しに入れていた私が、
初めて全部を 1 つのグラフにしました。

0 20 40 60 80 100 2008 2010 2012 2014 2016 2018 2020 2022 2024 2026 健診年 ALT(U/L) 奈良宣言の目安 30 2013年冬 93 2026年冬 16 2024年冬 58 2024年夏 25 冬の健診(2月) 夏の健診(8月)

2007 年から 2026 年までの 23 回分を並べると、
線は素直な右肩下がりではありませんでした。

2017 年に 35 まで下がったあと、
2018 年の冬に 58 へ戻ります。
2019 年も 49。

いちど 20 台まで落ちた 2022 年のあとも、
2023 年に 41、
2024 年の冬には 58。

「下がった」と思っていた 10 年の中に、
戻った冬が 3 回ありました。

2 点を結ぶと、物語は 1 本になります。
23 点を置くと、物語は正直になります。

冬に戻る数字と、体重と一緒に戻る数字

ALTの戻りと体重の戻りが同じ冬に重なる対応表

LDL の記事 と ヘモグロビンの記事 で、
健診の数字には季節の波があると書きました。

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ALT にも、同じ波がありました。

国内の外来検査およそ 127 万件を解析した研究では、
AST と ALT は冬に約 6 % 高く、夏に低い周期が確認されています。

2 型糖尿病の 6,039 人を追った 2026 年の報告でも、
肝酵素は晩秋から初冬に高く、夏に低い。

ALT 30 付近にいる人の 9 人に 1 人は、
採血の季節だけで判定が入れ替わっていました。

私の記録も、夏の健診は決まって低い。

2018 年は冬 58 に対して夏 25、
2024 年も冬 58 に対して夏 25 です。

夏の点が少ないのは、
夏に血液まで測るようになったのが
2018 年からだったためです。
それでも 4 回とも、冬より下にあります。

ただ、ここで数字を見直しました。

冬に 6 % 高いという話と、
25 が 58 になる話は、幅が違いすぎます。

もう 1 列、体重を横に置いてみました。

もう 1 列、体重を横に置いてみました。

健診体重ALT
2018 年 2 月78.4 kg58
2018 年 8 月75.1 kg25
2019 年 2 月77.8 kg49
2024 年 2 月78.0 kg58
2024 年 8 月69.2 kg25

ALT が戻った冬は、体重が 78 kg 台に戻った冬でした。

季節の波は小さな部分で、
大きな部分は体重の影だった。

そう読むのが、いちばん素直だと思います。

体重は 6 年間、
75 kg と 80 kg のあいだを往復していました。

肝臓は、その往復を 1 回も見逃さずに
記録していたことになります。


肝臓の数字に続いて、尿酸の14年も並べました。
薬に至る線の、ずっと手前で下がっていった数字です。

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出典:Seasonal variation in liver function tests
Within-Person Seasonal Variability of Aminotransferases

7 % という目安と、私の 11 %

脂肪肝改善の減量目安7〜10%と自分の11.3%を重ねた図解

脂肪肝の治療は、いまも生活習慣の改善が基本です。

日本消化器病学会と日本肝臓学会の患者向けガイド(2023 年)は、

肥満のある場合、まず体重の 7 % を目標に減量し、
7〜10 % の減量で改善が期待できる、としています。

もとになった研究のひとつが、
293 人を 1 年間追ったキューバの報告です。

10 % 以上減量した人では 90 % で脂肪肝炎が消失し、45 % で線維化の後退が見られました。

私の数字を、この目安に当ててみます。

2024 年 2 月、78.0 kg。
朝晩 2 食を始めた月です。

同じ年の 8 月、69.2 kg。
半年で 11.3 % 減っていました。

ALT は 58 から 25 へ。
翌年 22、19、そして 16。

ピークの 81.3 kg から見れば、14.5 % です。

ただ、これは私ひとりの結果です。

同じ 11 % が、誰の身体でも同じ 25 を返すとは限りません。
目安は目安として、
自分のグラフで確かめるしかないと思っています。

もうひとつ、順番を正直に書いておきます。

階段の登り降りは 2015 年に始め、
数年で 75 kg 前後まで落ちたあと、
6 年止まりました。

止まっていた 6 年のあいだ、
ALT も止まっていました。

25 と 58 のあいだを、
体重と一緒に往復しながら。

動かす力だけでは、
7 % の線を越えられなかった。

そこに減らす力を足したら、
半年で越えた。

このふたつの力の話は
健康にも “5つの力” があるとしたら に書いています。

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6 年の階段が無駄だったとは思っていません。

あの 6 年がなければ、朝晩 2 食を足した半年で
11 % は落ちなかったと思うからです。

土台と仕上げは、別の力でした。

出典:患者さんとご家族のための NAFLD/NASH ガイド 2023
Weight Loss Through Lifestyle Modification Significantly Reduces Features of Nonalcoholic Steatohepatitis

ALT 30 という線

ALT 30という奈良宣言の受診目安と基準値上限を並べた数直線

2023 年、日本肝臓学会が「奈良宣言」を出しました。

健診で ALT が 30 を超えていたら、
まずかかりつけ医を受診しましょう、という呼びかけです。

健診の基準値の上限は、施設によって違いますが
おおむね 40 前後に置かれています。

奈良宣言は、それより低い 30 に線を引きました。

基準値に収まっていても、
脂肪肝が隠れていることがあるからです。

「異常なし」と「何もない」は、
ここでも同じではありませんでした。

2013 年の私は 93 でした。
当時、この線はまだありませんでした。

あったとしても、痛くない私は
紙を引き出しにしまっていたと思います。

この線で自分の 20 年を切り直すと、
30 を下回ったのは 2018 年の夏が最初、
安定して下回るのは 2024 年の夏からです。

逆に言えば、2011 年から 2024 年の冬まで、
13 年間のほとんどを線の上で過ごしていました。

いま、ALT が 30 を超えている紙を手にしている方へ。

痛くなくても、それは受診の目安です。

「様子を見る」は、私が 6 年かけて
あまり良い結果にならないと知った方法でした。

私の数字が下がったのは、私の生活での話です。
原因は人によって違います。

線を越えていたら、まず医師に。

階段はそのあとで間に合います。

出典:奈良宣言 2023(日本肝臓学会・一般の方向け)

痛くなかった頃の自分への手紙

過去の自分に宛てた手紙を書く静かな机のイメージ

最後に、2013 年の自分に短い手紙を書いておきます。

93 という数字を見ているあなたへ。

痛くないのは、無事だからではありません。
肝臓は、痛みで知らせる仕組みを持っていないだけです。

あなたはこのあと、
ふと階段を見上げて、登り始めます。

それで数字は少し下がりますが、6 年止まります。
止まっているあいだも、冬になるたび紙は届きます。

その紙を、引き出しにしまわないでください。
並べてください。

並べると、体重と一緒に上下しているのが見えます。

できれば、夏にも測ってもらってください。

冬の 1 点だけを見ていると、
季節の波に一喜一憂することになります。

見えたら、次に何を足せばいいかも見えます。

私はそれに 11 年かかりました。
あなたは、もう少し早くていい。

16 になった数字は、いま、机の上にあります。

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まとめ:「痛くない」は「何もない」ではなかった

朝の光へ向かって階段を登る後ろ姿のイメージ

20 年分の ALT を並べて分かったのは、3 つです。

  • 数字は 1 本の下り坂ではなく、体重が戻った冬に戻っていた
  • 季節の波はあるが、大きく動かしたのは体重だった
  • 7〜10 % の減量という目安は、私の身体でもほぼそのとおりに効いた

そして、痛みのなかった 6 年は、
何も起きていなかった 6 年ではありませんでした。

数字だけが、静かに知らせ続けていました。

次の冬の健診でも、また紙が届きます。

私はそれを、引き出しではなく、
このグラフの右端に足すつもりです。

肝臓は沈黙します。
だからこそ、数字を並べておく。

それが、痛くなかった頃の私にできなかった、
いまの私にできる唯一のことだと思っています。


この 20 年の前半、脂肪肝と向き合った過程は 1 冊にまとめています。

『40代、私はこうして脂肪肝を手放した』(Kindle)

健診 20 年分の数字を、項目ごとに並べ直した記録は、こちらにまとめました。

『なぜ階段は効くのか』(Kindle)


日々の小さな記録は、noteのマガジンにも静かに綴っています。

ひのとみのいしころ|静かに熱い40代の記録

おことわり

本記事は情報提供を目的としており、特定の効果・効能を保証するものではありません。

健康に関するご判断は、必ず医師・専門家にご相談ください。

本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。

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