「続かない」のは、意志が弱いからではなかった
運動やダイエットが続かないと、多くの人はこう思います。
「自分は意志が弱い」「どうせ三日坊主だ」と。
私自身も、長いあいだそう感じていました。
忙しさを理由に運動をやめ、体重が増え、体力が落ちていく。
そのたびに「続けられない自分」に原因を探していました。
けれど、あるとき気づいたのです。
それは、投資の世界でよく知られている事実と、まったく同じ構造でした。
まとまった資産をつくった人たちは、
特別な才能があったわけでも、常に正解を選び続けたわけでもありません。
ただ、「規律ある投資を、やめずに続けた」。
少なくとも、それが結果を分けた最大の要因でした。
健康も、驚くほど同じでした。
特別な運動能力も、流行のメソッドも必要ありません。
差を生んだのは、結果が出るまで続けられる設計があったかどうか。
この記事では、
私が階段の登り降りを続ける中で気づいた「健康が積み上がっていく構造」を、
投資と対比しながら、実体験と数字を交えて整理していきます。
もしあなたが今、
「運動が続かない」「自分は向いていない」と感じているなら、
問題はあなたではなく、続けられない仕組みにあるのかもしれません。
規律ある継続が成果を生む理由:投資の世界で学んだ重要な言葉

「まとまった資産額は、規律ある投資を続けられた成果に他ならない」
この言葉を聞いたとき、妙に引っかかりました。
派手さも、成功談もない。
ただ、事実だけを静かに言い切っている。
投資の世界ではよく知られている話ですが、
まとまった資産を築いた人の多くは、
特別な才能があったわけではありません。
彼らが共通していたのは、
規律を決め、それを淡々と続けたこと。
そして、やめなかったことでした。
最初の数年は、成果が見えません。
むしろ「本当に意味があるのか?」と感じる時期のほうが長い。
そこで多くの人が離脱します。
それでも続けた人だけが、
ある時点から「まとまった資産」という形で
結果を受け取っていく。
この構造を理解したとき、
私はふと、別の分野のことを思い出しました。
投資で勝敗を分けるのは「才能」ではなく「退場しない設計」
投資で最も避けるべきなのは、
一時的な損失そのものではありません。
途中で市場から退場してしまうことです。
退場してしまえば、
その後どれだけ相場が回復しても、
複利が効き始めても、
自分には一切関係なくなります。
だからこそ重要なのは、
- 無理な金額を投じない
- 感情で判断しなくて済むルールを決める
- 生活を壊さない範囲で続ける
という「続けるための設計」です。
ここまで考えたとき、
私は自分の運動習慣を振り返りました。
「規律ある継続」が健康にもそのまま当てはまると気づいた
もしこの言葉を、健康に置き換えるなら
こう言えるのではないでしょうか。
多くの人が健康やダイエットでつまずくのは、
「方法」が悪いからではありません。
途中でやめてしまう設計になっているからです。
これは、投資で言えば
「一発逆転を狙って退場する」行為とよく似ています。
この構造に気づいたとき、
私が長く続けてきた階段の登り降り習慣が、
まったく別の意味を持ちはじめました。


健康もまったく同じ構造だった

健康に「特別な才能」は必要なかった
運動が得意な人、体質的に太りにくい人。
そうした人たちを見るたびに、
「自分には向いていない」と感じる人は少なくありません。
けれど、投資と同じように考えてみると、
この発想自体が少しずれていることに気づきます。
投資で成果を出した人の多くは、
数字に強かったわけでも、先を読む才能があったわけでもありません。
ただ、続けられる形で参加し続けていただけです。
健康も同じでした。
筋力や心肺機能は、最初から備わっている「才能」ではなく、
時間をかけて積み上がる結果です。
続けられなかったのは、
能力が足りなかったからではなく、
続けられない前提の設計になっていただけでした。
健康に「特別な方法」も必要なかった
次に多くの人が探し始めるのが、
「自分に合った方法」です。
もちろん、知識は無駄ではありません。
ただ、現実には ―
方法を探し続けるほど、続かなくなることが多い。
投資で言えば、
常に最適解を探して売買を繰り返す状態に似ています。
判断が増え、疲れ、やがて市場から離れてしまう。
階段の登り降りは、
この点で非常にシンプルでした。
「正しいかどうか」を考え続けなくていい。
それだけで、継続のハードルは大きく下がりました。

差を生んだのは「やめなかった」ことだけだった
結果を振り返ってみると、
私の身体が変わった理由は驚くほど単純でした。
ただ、やめなかった。
それだけです。
体重の変化も、体力の向上も、
ある日突然起きたわけではありません。
ほとんど何も変わらない時期が、長く続きました。
それでも続けていると、
あるところからまとめて効いてくる。
投資で言う「複利」が、健康にも確かに存在していました。
この感覚は、
後から振り返って初めて言語化できるものです。

私の実例:階段の登り降りが “健康資産” になった

やったことは驚くほど単純だった:階段の登り降りを10年
私がやってきたことは、
特別なトレーニングでも、追い込む運動でもありません。
階段の登り降りを、淡々と続けただけです。
生活圏にあるいつもの階段を使い、
決めた時間に、決めたやり方で登って降りる。
それを10年間、やめなかった。
投資で言えば、
「毎月同じ日に、同じ金額を積み立てる」
それとほぼ同じ感覚です。
数字で振り返る:体重 −13 kg、でも変化はそれだけではなかった
結果として、体重は −13kg。
ただし、これはあくまで「見える結果」の一部です。
こうした変化は、
ある時点からまとめて現れました。
最初の数か月は、
正直なところ「本当に意味があるのか?」と感じるほど
目立った変化はありませんでした。
それでも、
階段の登り降りをやめなかった。
この「何も起きていないように見える期間」を越えたあたりから、
身体は静かに、しかし確実に変わり始めました。

体力・集中力・回復力が “底上げ” された感覚
体重以上に実感しているのは、
日常の質が変わったことです。
これらは数値で測りにくいものですが、
仕事や生活の中では、はっきり差になります。
以前は、少し無理をすると翌日に響いていました。
今は、動いた翌日でも「まだ余力が残っている」感覚があります。
これは筋力だけでなく、
呼吸や心肺、神経系を含めた
全体の耐久性が上がった結果だと感じています。

続いた理由は「気合」ではなく「仕組み」だった
ここで強調しておきたいのは、
私は意志が強いタイプではありません。
むしろ、
気合やモチベーションに頼るやり方は
何度も失敗してきました。
階段の登り降りが続いたのは、
頑張らなくても続く形にしていたからです。
これはすべて、
投資で「退場しないため」にやっていることと同じでした。
なぜ続いたのか:意志ではなく設計

時間を固定した:迷わないことが最大の省エネだった
まず最初にやったのは、
やる時間を固定することでした。
ここを毎日考えるのを、やめました。
投資で言えば、
「毎月◯日に積み立てる」と決めるのと同じです。
相場を見てから判断しない。
気分で前後させない。
時間を固定すると、
「やる/やらない」の判断自体が発生しません。
続かなかった頃の私は、
この判断を毎日していました。
それだけで、意志力は確実に削られていきます。

難易度を下げた:毎日できる強度に落とす
次に意識したのは、
「少し物足りない」と感じる強度に設定することでした。
これも投資とよく似ています。
無理な金額を投じれば、
どこかで不安になり、続かなくなる。
階段の登り降りは、
調整がとても簡単でした。
「今日は軽めでいい」と判断できる余白が、
結果的にやめない力になりました。

判断を減らした:同じことを、同じようにやる
続かなかった頃の運動には、
常に「選択」がありました。
これが積み重なると、
運動そのものより先に、疲れてしまいます。
階段の登り降りでは、
この判断をほぼ排除しました。
「考えなくていい」ことは、
継続において想像以上に大きな価値があります。
記録した:積み上がりを “見える形” にした
最後に、
記録を取ることが効いてきました。
といっても、
細かいログや完璧なデータではありません。
これだけです。
投資でも、
評価額を毎日見る必要はありませんが、
「続いているかどうか」は確認します。
記録は、
モチベーションを上げるためではなく、
複利が働いていることを信じるための証拠でした。

ここまでを振り返ると、
特別なことは何もしていません。
ただ、
やめにくい形に設計しただけでした。
健康も “複利” で増える

最初は何も起きない:変化が見えない期間がいちばん長い
階段の登り降りを始めて、
最初に感じたのは「効いている感じがしない」という戸惑いでした。
この状態は、投資で言えば
元本が小さい初期段階とよく似ています。
数字上は増えていても、
生活が変わるほどの実感はない。
だから多くの人が
「やっぱり意味がない」と判断してやめてしまう。
健康も同じでした。
効果がないのではなく、
まだ目に見える段階に達していないだけだったのです。
途中でやめる人がほとんど:だから差が開く
投資の世界でよく言われるのは、
「複利の恩恵を受ける前に、大半の人が脱落する」という事実です。
健康習慣も、まったく同じ構図でした。
理由はさまざまですが、
やめるタイミングは、たいてい “効き始める直前” です。
ここで続けられたかどうか。
それだけが、その後の差になります。
私はこの段階で、
「今は利回りが見えない時期だ」と
意識的に捉えるようにしていました。

ある日まとめて効いてくる:「まとまった健康」という感覚
続けていると、
ある時点から変化の出方が変わります。
これは一日で起きた変化ではありません。
過去に積み上げた分が、
まとめて効いてきた結果です。
投資で言うなら、
利息に利息がつき始めた段階。
ここまで来ると、
多少サボっても一気に崩れにくくなります。
私はこの状態を、
「まとまった健康」と呼んでいます。
数字だけで測れないけれど、
日常のあらゆる場面で
余力として効いてくる健康です。

健康は “短期評価” に向いていない資産だった
ここまで来て、はっきりしました。
これらに一喜一憂すると、
判断を誤ります。
階段の登り降りが教えてくれたのは、
健康は「保有し続けることで価値が出る資産」
だということでした。
まとめ:健康は短期勝負ではなく長期投資

成果は「何をしたか」より「続けられたか」で決まる
この記事で伝えてきたことは、
とてもシンプルです。
これは、投資とまったく同じ構造でした。
階段の登り降りで私の身体が変わったのは、
運動として優れていたからだけではありません。
やめずに続けられる形だった。
それがすべてでした。
「意志が弱い」のではなく「設計が合っていなかった」
もしこれまで、
運動やダイエットが続かなかったとしても、
それはあなたの性格の問題ではありません。
ただ、それだけです。
続けられない設計で、
続かなかった。
それ以上でも、それ以下でもありません。
今日からできる最小単位で十分だった
健康投資は、
大きく始める必要はありません。
やめないことを最優先にした最小単位で十分です。
階段の登り降りは、
そのためのハードルが極端に低い習慣でした。
健康は、誰でも手に入ります。
ただし、すぐには手に入りません。
一段ずつ階段を登り降りするように、
時間がかかる代わりに、裏切らない。
それが、
階段の登り降りが教えてくれた
「規律ある継続」の正体でした。
関心に応じて、次に読む記事
もし、ここまで読んで
「もう少し具体的に知りたい」と感じたら、
次は以下の記事が自然につながります。



おことわり
本記事は、筆者自身の体験と、一般に知られている研究・知見をもとに構成しています。
効果や感じ方には個人差があり、すべての方に同じ結果を保証するものではありません。
また、階段の登り降りを含む運動習慣については、既往歴や体調によって適・不適があります。
持病のある方や不安のある方は、医療専門職にご相談のうえ、ご自身の判断とペースで取り入れてください。
本記事は「無理なく続けられる習慣設計」の一例を共有するものであり、特定の方法を強く推奨したり、医療行為を代替する意図はありません。
本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。
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