9月の終わり、いつもの朝の階段で、
ひとつの問いが浮かびました。
それでいいのだろうか、と。
その日の運動の記録には、
「近いうちに、別の記事で腰を据えて考えてみます」
と書きました。
この記事は、その続きです。
答えを出すというより、
問いの置き場所を、少し変えてみる試みです。
数字は、どこかで止まる

階段の登り降りを始めて11年。
健診の記録には、
大きく動いた数字がいくつも残っています。
- 体重:13 kg減
- 肝臓の数値(ALT):93 から 16 へ
- 尿酸:7.3 から 5.5 へ
ひとつひとつ記事に書いてきましたが、
どれも「動いた時期」の話でした。
そして今、体重はここ2年ほど、
ほぼ同じところにいます。
血液の数値も、大きくは動きません。
LDLコレステロールのように、
はじめから動かなかった数字もあります。

あの朝の問いは、たぶんここから来ています。
ただ、止まったこと自体は、
失敗ではないとも思っています。
比べる相手を、“続けなかった自分” に変える

数字が動いていた頃、
比べる相手は昨日の自分でした。
その差が、そのまま続ける理由になっていました。
横ばいになると、その差は消えます。
昨日の自分と今日の自分が、
同じ場所にいるからです。
けれど身体は本来、
何もしなくても同じ場所には留まりません。
アメリカで健康な男女約800人を8年ほど追いかけた研究では、
身体が酸素を取り込む力(心肺機能)が、
20〜30代で10年に3〜6%、
70代以降では10年に20%以上のペースで
落ちていました。
しかもその加速は、
運動習慣のある人にも同じように見られたそうです。
一方で、50年ほど運動を続けてきた、
70代の人たちを調べた研究もあります。
同じ年代で運動をしてこなかった人より、
心肺機能ははっきり高く、
筋肉の中で酸素を使う仕組みは、
25歳前後の運動する人と
同じ水準に保たれていました。
その人たちは週に7時間ほど動いていたそうで、
私の階段とは量が違います。
そのまま自分に当てはめるつもりはありません。
それでも、2つの研究を並べると、
ひとつの見方が浮かびます。
なのかもしれません。
そう考えると、横ばいの数字は
「何も起きていない」のではなく、
落ちるはずだったものが、
まだ落ちていない状態とも読めます。
もちろん、その自分はどこにもいません。
あくまで仮定です。
朝の問いの正体は、
この見えなさだったのだと思います。
出典:Accelerated longitudinal decline of aerobic capacity in healthy older adults
Cardiovascular and skeletal muscle health with lifelong exercise
自動で続いてしまうのは、いけないことか

もうひとつの問いは、
でした。
努力は、苦しいほど本物。
意識して頑張っているうちが、続けている証。
どこかで、そう思い込んでいたのかもしれません。
習慣の研究では、同じ場面で同じ行動を繰り返すと、
「考えずにできる度合い」が少しずつ高まり、
やがて頭打ちになることが示されています。
そこに届くまでの日数は、
人によって18日から254日まで開いていました。
やる気が要る習慣は、
やる気のない日に途切れます。
始めた頃に目指していたのは、
たぶんこの状態でした。
意志力を使わない設計について書いたのも、
その途中のことです。

そして、問いが浮かんだこと自体が、
ひとつの答えのように思えます。
あの朝、私はいつもより意識して、
動きながら心を静める時間(動的瞑想)に入ろうとしていました。
時間が早く過ぎ、
いつもより1往復多く登り降りしていました。
中身が少しずつ変わり続けていることは、
続けることと、改善することに書きました。

出典:How are habits formed: Modelling habit formation in the real world
測るものを、変えてみる

体重が動かなくなった時期に、
眠りや朝のリズムへ目を向けた記事を書いたことがあります。

今回はそれを、11年目の目盛りで
つくり直してみます。
自分で感じられる指標
- 息が乱れずに登れる往復数
- 朝の身体の軽さ
- 眠り
- 書く余力
- 昼食を抜いても、1日保てる集中力

どれも、増えてはいません。
そして最近、ひとつだけ、
新しく動き始めたものがあります。
朝活習慣の最後に足した腕立て伏せで、
上半身の締まりを感じ始めました。
数字が止まったのは、
いつも測っている場所の話でした。
まだ手をつけていない場所には、
伸びしろが残っているようです。
自分では測れない指標
この朝の問いを、
リベシティのつぶやきに書いたときのことです。
ひと月ほど前のオフ会で会った方から、
と返事をもらいました。
若さも清潔感も、健診の項目にはありません。
自分では、測りようがない。
けれど、他人の目には映っている。
数字が止まっても、
外から見える何かは、
まだ動いているのかもしれません。
まとめ:数字が止まった場所から、保つ時間が始まる

12年目の朝の問いに、
まだきれいな答えは出ていません。
ただ、問いの置き場所は変わりました。
数字が動いていた頃、
意味は「上がること」にありました。
比べる相手は、昨日の自分ではなく、
続けなかった自分。
見えない相手ですが、
いなくなったわけではありません。
行き先はたぶん、誰にでも訪れる老いです。
違うのは、そこへ向かう道の高さと、
道中の景色なのだと思います。
止まった数字の横で、
保てているものを数えながら。
- あなたの数字は、いま動いていますか。止まっていますか。
- 止まっているとしたら、比べている相手は誰でしょうか。
日々の小さな記録は、noteのマガジンにも静かに綴っています。
おことわり
本記事は情報提供を目的としており、特定の効果・効能を保証するものではありません。
健康に関するご判断は、必ず医師・専門家にご相談ください。
本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。

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