階段の登り降りを11年続けて、数字が止まった:続ける意味は、“続けなかった自分” の側にある

長い石段の上から霧の谷を見渡し、続けてきた時間を振り返る人物のイメージ
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9月の終わり、いつもの朝の階段で、
ひとつの問いが浮かびました。

このまま健康習慣を続けていくと、
私の身体はどこへ行くのだろう。

血液の数値が下がり続けるわけではない。
筋肉がつき続けるわけでも、
体重が減り続けるわけでもない。

それでも、続けている。
楽しいから続き、
半ば自動で身体が動いてしまう。

それでいいのだろうか、と。

その日の運動の記録には、
「近いうちに、別の記事で腰を据えて考えてみます」
と書きました。

この記事は、その続きです。

答えを出すというより、
問いの置き場所を、少し変えてみる試みです。

目次

数字は、どこかで止まる

健診で大きく動いた数字と、いま横ばいになった数字の流れを表す図解

階段の登り降りを始めて11年。

健診の記録には、
大きく動いた数字がいくつも残っています。

ひとつひとつ記事に書いてきましたが、
どれも「動いた時期」の話でした。

そして今、体重はここ2年ほど、
ほぼ同じところにいます。
血液の数値も、大きくは動きません。

LDLコレステロールのように、
はじめから動かなかった数字もあります。

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数字が止まると、
続けていることの手応えまで、
一緒に止まったように感じる。

あの朝の問いは、たぶんここから来ています。

ただ、止まったこと自体は、
失敗ではないとも思っています。

身体を「変える」役目が、
ひと通り終わったのだと。

比べる相手を、“続けなかった自分” に変える

年齢とともに下る心肺機能の坂を、下り始める高さの違いで比べた図解

数字が動いていた頃、
比べる相手は昨日の自分でした。

先月より軽い。
去年より低い。

その差が、そのまま続ける理由になっていました。

横ばいになると、その差は消えます。

昨日の自分と今日の自分が、
同じ場所にいるからです。

けれど身体は本来、
何もしなくても同じ場所には留まりません。

アメリカで健康な男女約800人を8年ほど追いかけた研究では、
身体が酸素を取り込む力(心肺機能)が、
20〜30代で10年に3〜6%、
70代以降では10年に20%以上のペースで
落ちていました。

しかもその加速は、
運動習慣のある人にも同じように見られたそうです。

坂は、誰にでもある。
続けていても、下りは下りです。

一方で、50年ほど運動を続けてきた、
70代の人たちを調べた研究もあります。

同じ年代で運動をしてこなかった人より、
心肺機能ははっきり高く、
筋肉の中で酸素を使う仕組みは、
25歳前後の運動する人と
同じ水準に保たれていました。

その人たちは週に7時間ほど動いていたそうで、
私の階段とは量が違います。

そのまま自分に当てはめるつもりはありません。

それでも、2つの研究を並べると、
ひとつの見方が浮かびます。

坂そのものは、消せない。
変えられるのは、
その坂をどの高さから下り始めるか、

なのかもしれません。

そう考えると、横ばいの数字は
「何も起きていない」のではなく、
落ちるはずだったものが、
まだ落ちていない状態とも読めます。

比べる相手を、昨日の自分から、
11年前に階段を選ばなかった自分へ。

もちろん、その自分はどこにもいません。
あくまで仮定です。

目に見えない相手だから、
続ける意味も実感しにくい。

朝の問いの正体は、
この見えなさだったのだと思います。

出典:Accelerated longitudinal decline of aerobic capacity in healthy older adults
Cardiovascular and skeletal muscle health with lifelong exercise

自動で続いてしまうのは、いけないことか

考えずに身体が動く、朝の静かな階段の登り降りのイメージ

もうひとつの問いは、

楽しいから、自動で続いてしまう。これでいいのか?

でした。

努力は、苦しいほど本物。
意識して頑張っているうちが、続けている証。

どこかで、そう思い込んでいたのかもしれません。

習慣の研究では、同じ場面で同じ行動を繰り返すと、
「考えずにできる度合い」が少しずつ高まり、
やがて頭打ちになることが示されています。

そこに届くまでの日数は、
人によって18日から254日まで開いていました。

つまり、自動で続く状態は、
習慣がたどり着く先そのものです。

やる気が要る習慣は、
やる気のない日に途切れます。

始めた頃に目指していたのは、
たぶんこの状態でした。

意志力を使わない設計について書いたのも、
その途中のことです。

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そして、問いが浮かんだこと自体が、
ひとつの答えのように思えます。

続けることに力が要らなくなったから、
空いた余白に、問いが入ってきた。

あの朝、私はいつもより意識して、
動きながら心を静める時間(動的瞑想)に入ろうとしていました。

時間が早く過ぎ、
いつもより1往復多く登り降りしていました。

自動で動く身体の上で、
心のほうは、どう登るかを選べる。

自動化は、考えるのをやめた状態ではなく、
考える場所が移った状態なのだと思います。

中身が少しずつ変わり続けていることは、
続けることと、改善することに書きました。

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出典:How are habits formed: Modelling habit formation in the real world

測るものを、変えてみる

数字の代わりに見る、保てている指標と自分では測れない指標の図解

数字が止まったのなら、
見る場所を変えてみる。

体重が動かなくなった時期に、
眠りや朝のリズムへ目を向けた記事を書いたことがあります。

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今回はそれを、11年目の目盛りで
つくり直してみます。

自分で感じられる指標

  • 息が乱れずに登れる往復数
  • 朝の身体の軽さ
  • 眠り
  • 書く余力
  • 昼食を抜いても、1日保てる集中力
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どれも、増えてはいません。

ただ、減ってもいない。

そして最近、ひとつだけ、
新しく動き始めたものがあります。

朝活習慣の最後に足した腕立て伏せで、
上半身の締まりを感じ始めました。

数字が止まったのは、
いつも測っている場所の話でした。

まだ手をつけていない場所には、
伸びしろが残っているようです。

自分では測れない指標

この朝の問いを、
リベシティのつぶやきに書いたときのことです。

ひと月ほど前のオフ会で会った方から、

「第一印象は、若さと清潔感でした」

と返事をもらいました。

若さも清潔感も、健診の項目にはありません。
自分では、測りようがない。

けれど、他人の目には映っている。

数字が止まっても、
外から見える何かは、
まだ動いているのかもしれません。

まとめ:数字が止まった場所から、保つ時間が始まる

数字が止まった後も続いていく、霧の中の石段のイメージ

続ける意味は、どこにあるのか。

12年目の朝の問いに、
まだきれいな答えは出ていません。

ただ、問いの置き場所は変わりました。

数字が動いていた頃、
意味は「上がること」にありました。

数字が止まった今、
意味は「落ちないこと」のほうへ、
静かに移りつつあります。

比べる相手は、昨日の自分ではなく、
続けなかった自分。

見えない相手ですが、
いなくなったわけではありません。

身体はどこへ行くのか。

行き先はたぶん、誰にでも訪れる老いです。

違うのは、そこへ向かう道の高さと、
道中の景色なのだと思います。

次回の朝も、同じ階段を登り降りします。

止まった数字の横で、
保てているものを数えながら。

  • あなたの数字は、いま動いていますか。止まっていますか。
  • 止まっているとしたら、比べている相手は誰でしょうか。

日々の小さな記録は、noteのマガジンにも静かに綴っています。

ひのとみのいしころ|静かに熱い40代の記録

おことわり

本記事は情報提供を目的としており、特定の効果・効能を保証するものではありません。

健康に関するご判断は、必ず医師・専門家にご相談ください。

本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。

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